西陣にまつわる
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西陣にまつわる人々が、綴るコラムCOLUMN

2021.07.23
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実家を離れて大阪に下宿をしていた頃
近所の人との交流は皆無だった。
アパートという集合体にも関わらず、唯一のコミュニケーションはうるさいですというクレームのノックだけであった。

西陣に移り住み、小さな路地にお店を構えるいま、近所とのコミュニケーションは多種多用だ。

店の前の子供とは戯れあい、その子供に時折おじいさんが怒号をあげ、昔ながらの回覧板を回し、ダムダムとバスケットボールが跳ねる音を聞きながらコーヒーをいれ。
挨拶ついでに少しだけ会話をする。

当時の自分からしたらこの距離感は新鮮である。めんどくさいこともあるけどいいこともたくさんあるよ。近所とのコミュニケーションをとるのは昭和の話と思っていた学生時代の自分に教えてあげたい。

変わりゆく路地の中に
これからも変わらない昭和の香りが残るといいな。

森 風渡

風とCOFFEEオーナー 森 風渡

2020年10月に"風とCOFFEE"を西陣京極にオープン。コーヒー屋には不向きとされる入り組んだ路地奥にて自家焙煎を行う傍ら、京都で1番ディープな路地(自称)である西陣京極に新たな風を吹かせるべく奮闘中。

2021.07.22
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バザールカフェでは複数のシェフが、それぞれにルーツのある国の家庭料理を日替わり料理としてふるまっています。タイ、フィリピン、インドネシア、韓国など。いつだって目にも舌にも楽しい料理ばかりなのですが…先日、開店前に味見をした時のこと。

あれ、このスープ何入れた?と店長。
するとシェフは「ミント入れたらおいしいかなと思って…」とバツが悪そうな顔。
まずは店長、「悪いとかじゃないよ!」と一言。それから、ハーブの香りが苦手な人もいること、今後ハーブを使用するときは通常のスープと分けて作る提案などを、丁寧にシェフに伝えていました。キッチンに居合わせたボランティアの方やスタッフも次々に意見を出し、シェフも納得した様子で、すぐに和やかな雰囲気に。

自分の想定外のことが起こったとき、アクシデントが起こったとき、そのことやその人を責めたり排除したりするのではなく、できる限りの人の考えや感覚の参画をもって、じゃあどうしたらよいか、を考える。それを繰り返していくことで、共同体としてしなやかさを増していくのだなぁと思った場面でした。

そんな積み重ねが詰まったバザールカフェの日替わり料理、ぜひ召し上がってみてくださいね!

狭間明日実

バザールカフェ店員 狭間明日実

バザールカフェ事務局6年目。日々の営みをとおして、場から起こるもの、個人がのびのびと生きることなどを考えています。 傍らで、地域、福祉、食べることにまつわるいろんな仕事や遊びをしています。 同志社大学社会福祉学科卒業。社会福祉士。海が好き。

2021.07.21
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祇園祭りの季節には必ずすることがある。伯牙山の粽に山田松の線香を添え、東京のある年配の女性に送ることだ。しかしコロナ禍は京都伝統の祭事にも影を落とし今年も山鉾巡行が無い。ただ昨年販売も無かった粽は今年は手にすることが出来た。

平成29年春、突然の訃報に私は言葉を失った。日本橋で眼鏡舗を営む友人の早逝。翌年「現当主が逝去して事業の承継が困難となり、それとともに永年培ってきた技術の継承ができなくなりました」と案内が届く。400年の暖簾に幕。我が家とも付き合いが深く、14代当主は私の面倒を見、15代目はまるで私を兄のように慕ってくれた。まさに襷掛けの継承である。

日本にこの二人だけでもいれば本物が遺せると思った。あとは私がその日本一敷居が高い店に相応しい眼鏡を作るだけだ。そうして仕事を極めに京都に来た。彼もまた私が作った眼鏡を先代に見せられて、修行先のドイツに居ながらでも、古びた店を継ぐ勇気を持てたそうだ。

*伯牙山は中国春秋時代に、古琴の名手伯牙とその良き理解者である鐘子期の物語に由来する山だ。唯一無二の自分の音を知る友、鐘子期の死を知り、自ら弦を切って伯牙はその後二度と琴を弾くことは無かったと云う。

山ノ瀬亮胤

眼鏡制作者・現代美術家・ソシエテヌーベルリュネト視覚研究所々長 山ノ瀬亮胤

京都市上京区在住。眼鏡制作者・現代美術家・ソシエテヌーベルリュネト視覚研究所々長。芸術~工芸に拡がる独自分野の構築で国内外より評価され欧州ハプスブルグ家御用達。マスメディアでの出演・取材多数。豊かな江戸庶民文化と職人の心を紹介している。

2021.07.19
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7月最初の日曜、昼下がりのこと。「はるちゃん、カラオケいるから、来たかったら来て〜」。震えたスマホを確認すると、友人からのお誘い。そうか、緊急事態宣言明けたんだ。お茶するんじゃなかったんかいと心の中でつっこみながらも、「行くー!」の即レス。西陣のまちなみと北野天満宮を自転車で颯爽と通り過ぎたところ、北野白梅町のカラオケがわたしたちの御用達。その日は声を掛けてきた馴染みの友人と、リアルで会うのは初めまして(オンラインでしか話したことない、はご時世あるあるだ)の友人もいたので、3人以上で遊ぶのは久しく、大分はしゃいでいた。

「勝手に楽しんでるけど、楽しいから、来たかったら来てね」という姿勢は付き合い方として非常に心地がよい。責任感もプレッシャーもないし、とても自由に思う。「人に会う」、もそうだし、「場を訪れる」、もそうだ。

行かなくてもいいんだけれど、行ったら、楽しい、刺激的で、人や物との出会いがある。美味しい、とかもあるか。心が安らぐ、とか。好きなお店とかね。西陣のまちにも、思い当たる節があるでしょう?

そういった関わりを、近くにたくさん置いていられたなら、人生豊かだよなあと思うのです。

龍田 春奈

咲里畑 届けびと 龍田 春奈

1993年京都生まれ。西陣育ち。京都市西京区大原野「咲里畑」にて、季節の多品目の野菜、ハーブ、エディブルフラワーを、農薬や化学肥料を使わず育て、販売している。農ある暮らしの中に感じる豊かさを、人に届けることに喜びを見出しています。

2021.07.18
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「吾輩は路地である、まだ名前はない」・・・なんてフレーズをつぶやきながら、雨の中、西陣の一角を歩いていたら、路地の入り口に、こんな表示板を発見しました。同じ通りには、アニュアル・ギャラリーの運営する、ものづくり工房・クラフテリアが入っている「赤レンガ路地」も。この表示版、下部の小さなアクリルプレートには、西陣織かな?、きれいな布の一部らしきものが。路地ごとに布の色も柄も違って、地域性を活かした素敵なアイデアです。あとで知り合いに聞いたところ、路地の名前は地元小学校の生徒が考えたそうで、アクリルプレートは、通り抜けのできる路地とできない路地を区別して、長さの違う2パターンがあるのだとか。実はぼくも東京の向島時代、アーティストを招いた小学校のワークショップをお手伝いした際、子供たちに好きな路地に名前をつけ、そこにふさわしいモノを作ってもらったことがあります。猫がたくさんいる「ネコ路地」に、猫と一緒にくつろげるベンチを贈ったら、住人の方が喜んで使ってくれました。身近な場所に「名前がある/名前をつけてみる」。遊び心のある小さな工夫が、ぼくらとまちの距離を、ぐっと近づけてくれます。

 

曽我高明

ANEWAL Gallery現代美術製作所 ディレクター 曽我高明

東京の下町・墨田区の向島で、長年展覧会やアートプロジェクトに取り組んできました。縁あって2017年より上京区に拠点を移し、ANEWAL Gallery 現代美術製作所(通称:現代美術製作所)をオープン。ゆるいペースで様々な活動をしています。

2021.07.17
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介護予防教室の参加者から、「認知症にだけはなりたくない」という声をよく聞きます。
でも、90歳以上の方の約60%が認知症というデータもあるくらい、認知症は珍しくない病気です。なので、認知症になることを前提とした生活様式や地域のあり方を考えていく必要がある、と、ずいぶん前から言われてきました。

認知症になっても、これまでと変わらず住み慣れた地域で安心して暮らしていくためには、地域の中で助け合える仲間の存在が大切です。
誰もが無理のない範囲で、ほんの少しの興味・関心を持って、自分にできることを考えるだけでも、世の中はもっと暮らしやすく、楽しくなると思っています。

そんな中、最近、「チーム上京!」なるものが動き出しました。
認知症の当事者の方と出会い、話し、それぞれの得意なことや関心を繋いで輪を広げていく取り組みです。そんな小さな輪が、このまちのあちらこちらに拡がることで、大きなうねりを生み出し、「認知症にだけはなりたくない」から、「認知症も悪くないよね」に変わっていったらいいなあ。

認知症にやさしいまちは、きっと障がい者にも、外国人にも、コロナ患者にもやさしいまちだと思います。
まずは、ほんの小さな一歩から。

中島慶行

京都市小川特別養護老人ホーム 施設長 中島慶行

立命館大学大学院社会学研究科博士前期課程修了。 2009年より2年間、京都市小川特別養護老人ホーム副施設長兼京都市上京区地域介護予防推進センター長を務めたあと、伏見区の施設に異動。 2019年、京都市小川特別養護老人ホーム施設長兼京都市上京区地域介護予防推進センター長として復帰。 銭湯と牛乳とじゃこ天が好きです。

2021.07.16
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西陣のほど近く、北野天満宮の門前に、「下ノ森」という一角がある。北野商店街のアーケードが途切れ、簡素な作りの商店が並ぶこの場所は、なんともユニークな場所の系譜を持っている。
かつて北野天満宮の境内だったこの場所には、明治33年に京都電気鉄道が開通したことにより、その終着駅が置かれた。明治35年の菅原道真千年祭の際には、かねてより計画されていた「神苑」が設置された。千年祭を記録した『千年祭北野会誌』には小川治兵衛の作庭とあるが、本当かは分からない。神苑は多くの香具師が露店を出し、「広告塔」や「軽気球」まで出されたようだ。
さらに、大正3年には、大日本武徳会による武道場「北野武徳殿」が建てられる。こうして下ノ森は祝祭・修養の場となったが、一転、昭和41年になると神苑は閉鎖され、西陣警察署がこの地に移転してくる。武徳殿も平成に入ってから閉鎖され、東山の山上へと移築された。現在の青龍殿である。
警察寮の敷地には現在も北野神苑の設置を記念する碑が建っているものの、立ち入りは禁止されている。もどかしいが、外から見るに留めておこう。失われた光景を眺めるには、きっとそれくらいの距離がちょうどいい。

重永瞬

京都大学文学部地理学専修 重永瞬

地図とまち歩きが好きな大学生。“西陣の端っこ”(お隣?)仁和学区で生まれ育つ。大学で地理学を学ぶかたわら、まち歩き団体「まいまい京都」でスタッフとガイドを務める。なんでもない街角の記憶を掘り起こしたい。古本とラーメンが好き。

2021.07.14
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今月はズバリお金事情についてです。西陣にも沢山のもの作り修行中の方がおられます。お給料は仕事それぞれだと思いますが、弟子が集まると大抵お互いのお給料の話になりがちです。昔からの徒弟制度では丁稚奉公が当たり前でしたが、今の時代、修行の身でも多少のお給料は皆さん頂いています。そうしなければ誰も入ってこないからです。しかし“1人暮らしは厳しい”程度なので皆さん悩まれています。因みに私の所は無給でした。生活費は修業の傍らのアルバイトと親からの仕送り。もちろんそれを理解した上での弟子入りでしたが、2.3年目になるとバイトもし休みなくこんなに頑張っているのに何故無給なんだとやるせ無い気持ちで一杯だった時期もありました。その度に仕事に対しての迷いも何度も生じます。仕事を継承する=続けるという事は色々な場面で覚悟を求められます。先代の方々も同じように必死になって守ってきた仕事なのだから当たり前と言えばそうなのですが。そしてもう一つ必要なものは周りの理解です。親からの支援、友人達にも沢山奢ってもらったり応援して頂きました。そうやって支えられてる人と仕事がある事を少しでも理解して頂けたら嬉しいです。

山本萌加

Société Nouvelles Lunetts 視覚研究所 主任研究員 山本萌加

武蔵野美術大学(工芸デザイン学科木工専攻)卒業後、眼鏡制作者七代目山ノ瀬氏に弟子入り。眼鏡制作の修行と、師と共に眼鏡ブランド〝Société Nouvelles Lunetts 視覚研究所〝の主任研究員てしてお店を運営しています。

2021.07.13
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こんにちは。
下長者町堀川を西へ行くと金谷正廣さんという昔ながらの和菓子屋があります。先日金谷さんのテレビ取材の場として好文舍を使っていただきました。

そしてそのご縁で、谷口キヨコさんが当店に。私、中学生の時から毎日ラジオを聴いていたのでキヨピーと出会えて感激です。

それはさておき、金谷さんは京セラ美術館の企画に合わせてオリジナルで生菓子を制作されたり、金工作家や陶芸作家と菓子器等を制作したりと新しい事にチャレンジされているのですが、その姿を見てこれからの伝統工芸はオーダーメイドに活路を見いだしてはと考えさせられました。

作り手が情報発信しエンドユーザーとコンタクトできる時代、既存の流通システムに頼ってばかりでなく、職人が直接顧客とやりとりしてより満足度の高い品を直接提供する。そういう事ができれば職人の町西陣の元気につながるのではとも思います。

ちなみにテレビの放送日は7/17 朝9時半からKBSです。興味がある方は見てくださいね。

宇野貴佳

好文舎店主 宇野貴佳

油小路の路地奥でギャラリー喫茶を運営しています。 目立たない店が故か、ちょっと個性的なお客様が多いように感じています。 ここでの出会いを中心に、見聞きしたあれこれをお話しできれば幸いです。

2021.07.12
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YouTubeとか雑誌とかテレビとかで、サウナについて誰かが語っている時に「整う」という言葉を必ず見聞きする気がします。でも、「整う」という言葉を見聞きすることはあっても、「整う」という経験をしたことが僕はありませんでした。先日とある銭湯に行くまでは……
「整う」というのはどんな感覚なのでしょうか。これは僕の完全な主観ですが、全身を血液が循環しているのを実感することなのではないかと思います。この非日常的な幸福感はおそらく水風呂の後の休憩時間に襲ってきます。僕の場合はそうでした。
ということで、なんだかんだ「整う」という体験を済ませた僕は、西陣でも「整える」場所はないだろうかと、インターネットで調べてみると、たくさんありました。できればこのコラムを書くまでに行きたかったのですが、時間がなく、行けていません。いつの日か報告できればと思います。
さて、ここまで何を伝えたいのかよく分からない文章をダラダラと書いてしまいましたが、ダラダラと書いてしまったのは、僕が「整って」ないからだと思います。そろそろ「整う」必要があるので、ここら辺で筆を置きます。

益田雪景

ライター 益田雪景 オサノート

広島県出身。同志社大学在学中。大学ではボランティア支援室学生スタッフARCO及び新島塾2期生としても活動中。小説家は太宰治と遠野遥、映画は「劇場」と「ミッドナイト・イン・パリ」、音楽はgo!go!vanillasとB T Sが好きです。