子は親離れをしたつもりでいるけれど、親は子離れができないままらしい。大学生になって初めての夏休み、故郷の広島から二日間だけ母が来た。初日は古都を観光もせず、生活必需品を二人で探し回った。もったいないと思ったが、母はそれで満足したようだった。翌日の昼、西陣にある鳥岩楼というお店で親子丼を食べたいと言われた。僕はそのお店を知らなかったから、今となっても少し悔しい。鳥岩楼に到着後、靴を脱ぎ2階に通されると、僕が生きていない時代の匂いのする畳に置かれた座布団はほとんど他人の尻で埋まっていた。先客から順番に親子丼が配膳されていく。やがて僕と母の前にも親子丼がやって来た。丼の蓋を取り、すぐさま一口目を迎えると、爽やかな山椒の香りや卵と鶏肉の偉大な血筋に感動した。つまり、鳥岩楼の親子丼はこの上なく美味しかった。母も美味しいと言っていたから、僕の感覚が間違っているわけではないと思う。親子で鳥岩楼の料理に舌鼓した後、新幹線に乗って母は帰った。この日以来、西陣を訪れる度に鳥岩楼の親子丼を思い出す。お店を友達に紹介する際も、いつもこの日のことを口にしてしまうけれど、その理由など知らないふりをし続けるだろう。
ライター 益田雪景 オサノート
広島県出身。同志社大学在学中。大学ではボランティア支援室学生スタッフARCO及び新島塾2期生としても活動中。小説家は太宰治と遠野遥、映画は「劇場」と「ミッドナイト・イン・パリ」、音楽はgo!go!vanillasとB T Sが好きです。