西陣にまつわる
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西陣にまつわる人々が、綴るコラムCOLUMN

2021.08.26
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「今日は一日頑張ったぞ!」
そんな日は500円玉を握りしめて銭湯に向かうのが私のルーティンだ。

京都府内の銭湯は最盛期の5分の1程まで減ってしまったそうだが、西陣界隈にはまだまだ銭湯が点在している。

世間話に花を咲かせるおじいちゃん達に、サークルや就活での悩みや恋バナで盛り上がる学生達。そして、時にはおじいちゃんと学生が楽しく話していることも。
銭湯ではみな飾らない「ありのまま」の姿だ。そのまちの「縮図」ともいえるだろう。

そんな光景を見ながらゆっくりと湯船に浸かるのがたまらないのだ。もちろん、風呂上がりのビールは外せない。

ちなみに私のおススメは「長者湯」
大正6年創業で100年以上の歴史を誇るこちらは、井戸水を薪で炊いているのがポイント。
ちょっと熱めのお湯で体の芯から温まるので、サウナに入らなくても「整う」ことが出来る。

お近くに寄った際はぜひ足を運んでいただきたい。

三輪浩朔

Laughterロースター 三輪浩朔

2020年10月「Laughter」を開業。21歳までコーヒーを飲んだことがなかったが、タイ北部の農園に直接足を運んだことでその魅力にほれ込む。コーヒーを通じて生産者の思いやストーリーも届け、一杯から笑顔溢れる空間を紡ぐことを目指している。

2021.08.25
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元来アウトドア好きなもので、夏になると水のある場所に出没する傾向がある、三ツ木です。

西陣エリアで水場・・・となるとやはり堀川。夏になると子供や親子連れが多く行き交う場所ですが、多分に漏れず私も子供とよく行きます。

ふと先日「堀川って今出川より下から出てくるけど、実際どんな流れなんだろうか」と疑問に思って調べて見たら、琵琶湖の第二疏水分線の水を賀茂川を下越しさせている事実を知りびっくり。てっきり賀茂川の水が流れ込んでいるとばっかり・・・汗

一度河川としてなくなった堀川を紫明通・堀川通を経由して水流を復活させたという。それも結構最近(2009年3月)に工事完了という事実を知りました。

自然と人の混ざり合う場として、多くの西陣の人々が復活を望んだ堀川。

最近雨が続き、少し涼しさを感じ始めましたが、まだまだ暑い日が訪れそうです。

そんなときには是非堀川に足を運んでみてくださいね。

ミツギタカユキ

デザインカタリスト ミツギタカユキ

20歳より渡米し、大学にて彫刻からインタラクティブアート、デザインなど幅広い分野を学びつつフリーのデザイナーとして活動。帰国後京都に移住。現在西陣にてデザインカタリストとしてウェブ制作からデザインに纏る企画・運営など幅広い分野で活動を行う。

2021.08.23
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子どもたちの夏休みものこりあとわずかとなりました。
夏休みが終わるのを残念がっている子どもたち、早く学校に行きたい子どもたち。
とにかく夏休みの宿題を終わらせないとと、焦っている子どもたち、
みんなそれぞれですが、少しずつ新学期に向けた、気持ちの準備がはじまっているようです。
今年の夏も、子どもたちにとって、自由な夏とは言えなかったかもしれませんが、
こんな状況だからこその楽しみ方で、ミライブラリでもいろんな出来事を積み重ねました。
ミライブラリのなかで、夏祭りをして楽しんだり、日帰りのキャンプに行ったり(なんと着いてすぐにカブトムシとクワガタムシに出会える奇跡も!)、木で迷路をつくったり、外でかき氷を食べたり、ちょっとしたことから、おおきなことまで、この夏の大事な出来事として、子どもたちの中に残ってほしいなと思っています。夏も終わり、秋が近づいてくる中で、まだまだ先が見えない状況が続きますが、これからも多くの子どもたちにとって、できることも、やりたいことも、たくさんみつかる毎日であることを願うばかりです。

村上弘

特定非営利活動法人 代表 村上弘

特定非営利活動法人SOWERS代表 放課後の時間に、多様な体験を届けるafter schoolミライブラリを運営。子どもたちの今とこれからを考え、放課後の選択肢とその可能性の拡張を目指し、日々活動しています。

2021.08.22
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西陣に住んでから気がついたことはいくつかあるが、

その中でも印象的なことの1つはチェーン店の少なさである。

✴︎肌感覚での話です。

 

いわゆるファストフード店だ。

以前住んでいた場所では牛丼屋、ハンバーガーショップ、居酒屋のチャーンがひしめきあっていた。

石を投げたらどこかしらのファストフードには当たるレベル感である。

 

しかしここ西陣では初見のファストフード店に行くためにはグーグルマップを駆使する必要すらある。

ふらっと入るというより探して自転車で移動してやっとたどり着くという感じだ。

 

住みにくい⁈

いや西陣にはファストフードを凌駕するほど個人店がひしめきあっている。

石ころを投げたらどこかしらの個人店に当たる。なんなら有名な店がそこら中にある。

個性豊かたなお店が街を支えているんじゃないかと思うほどに。

 

学生時代に西陣に住んでいたらもっと記憶に残るお店を見つけれていただろうなと。

森 風渡

風とCOFFEEオーナー 森 風渡

2020年10月に"風とCOFFEE"を西陣京極にオープン。コーヒー屋には不向きとされる入り組んだ路地奥にて自家焙煎を行う傍ら、京都で1番ディープな路地(自称)である西陣京極に新たな風を吹かせるべく奮闘中。

2021.08.21
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緑が覆う庭で、常連の大学生がボランティアスタッフのおじさんにベンチの作り方を教わっている。あるときはカフェの駐輪所に自転車を停めに来た高校生に、スタッフが大勢たかって「今日部活どうやった?」「晩ごはん何?」などとたたみかけている。またあるときはコーヒーを飲んでいる常連さんに「ちょっと相談にのってもらえませんか」と断る間もなくスタッフがすでに隣に座っている。と思えばスタッフとは初めに挨拶を交わしたきり、今日は特段話し込むことはなかったなぁという日もある。

これらはバザールカフェで見かける光景の一部です。その光景は「客と店員」という、あるいは「何者かと何者か」という区別をするには不似合で、そこにいる人と人とが自由な関係で相対しているように見え、とてもよいなぁと思っています。

バザールカフェの「バザール」の意味は「市場」。人が行き交い、コミュニケーションが生まれる場。それでいて、昔の日本の「市」は無縁の人がかけ込む場でもあったそうです。そこでは誰が何者であるかを追及されない暗黙の了解があったのだと知り、バザールカフェの設立当時によくつけられた名前だなぁと感心しっぱなしの最近です。

狭間明日実

バザールカフェ店員 狭間明日実

バザールカフェ事務局6年目。日々の営みをとおして、場から起こるもの、個人がのびのびと生きることなどを考えています。 傍らで、地域、福祉、食べることにまつわるいろんな仕事や遊びをしています。 同志社大学社会福祉学科卒業。社会福祉士。海が好き。

2021.08.20
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眼鏡が日本に上陸したのが1551年。フランシスコ・ザビエルによって大内義隆に献上された眼鏡が最初とされます。その眼鏡も戦乱で所在不明となり、現存する最古の眼鏡で史料の裏付けが有るのものは、徳川家康の阿蘭陀(オランダ)眼鏡となります。

1600年代初頭。日本に製法が輸入され眼鏡が作り始められました。それまで出島交易に頼っていた眼鏡も、次第に国内生産品に移行していきました。

日本での眼鏡生産は、初期には錺職人に担われました。欧州から輸入された眼鏡は鼻の高い欧米人向けのものでしたが、次第に私たち日本人の骨格に合うように様々に工夫がされて、機能も補完されていきました。また江戸町人文化に受け入れられ、市中に馴染んでいきました。

明治以降、西洋文明との再合流によって、いつしか眼鏡は西洋風のものと認識されていきましたが、手作りの伝統は今でも私の工房に受け継がれています。

自分はテルマエ・ロマエ風に云うと、日本人の“顔平べったい族”的骨格は、実は多くのデザイン量を消化できる可能性を持つと考えています。そして眼鏡に「和」という言葉を載せただけで、様々な意匠が生かされることがわかります。そこには今までにない新しい眼鏡の形、私たちの住む風土になじみに良い眼鏡の姿が浮かんできます。

山ノ瀬亮胤

眼鏡制作者・現代美術家・ソシエテヌーベルリュネト視覚研究所々長 山ノ瀬亮胤

京都市上京区在住。眼鏡制作者・現代美術家・ソシエテヌーベルリュネト視覚研究所々長。芸術~工芸に拡がる独自分野の構築で国内外より評価され欧州ハプスブルグ家御用達。マスメディアでの出演・取材多数。豊かな江戸庶民文化と職人の心を紹介している。

2021.08.18
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2021年夏。テレビの中で東京オリンピックが終わって、お盆がきて、大雨が降って、涼しくなった。長雨だったせいで、各地で土砂崩れが起き、川が氾濫し、いろんなものが流されていった。

今年は地蔵盆の集まりがなかった。去年もなかった。「このご時世で」人と集まる機会が激減し、しばらくになる。出口が見えない、というのが一番堪える。

京都のお盆は地蔵盆。うちの地域では、朝からお坊さんに来ていただいてお経を詠んでもらい、地域のみんなで数珠まわしから始まる。子どもの頃、この数珠まわしがけっこう楽しかったことをよく覚えている。一年にその日にしか見ない、長い長い数珠の輪。確か5メートルくらいあったと思う。ところどころに大きめの数珠があって、手元にその玉が来たときにだけおでこに近づける。お焼香するときの仕草に似てる。祈りのかたち。

あとはお菓子がいっぱいもらえたとか、福引きやらスイカ割り、夜の花火など、子どものための行事が行われた。近年では少子化の影響もあり規模も縮小されていたが、地域の大切な行事、なくなるのは寂しい。来年には再開できますように。と願うばかりだ。

龍田 春奈

咲里畑 届けびと 龍田 春奈

1993年京都生まれ。西陣育ち。京都市西京区大原野「咲里畑」にて、季節の多品目の野菜、ハーブ、エディブルフラワーを、農薬や化学肥料を使わず育て、販売している。農ある暮らしの中に感じる豊かさを、人に届けることに喜びを見出しています。

2021.08.17
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一定の広がりを持つ地域で、緑で覆われた面積の割合によってその地域の自然度を表す指標に、「緑被率」があります(参照:Wikipedia)。いつだったか、これをもじって「緑視率」と言ったのは、ぼくの知り合い、NPO法人・向島学会理事長の佐原滋元さんでした。

 

東京有数の木造密集市街地(略してモクミツ)である墨田区向島は、緑地が少なく「緑被率」は大変低い。その代わり街中の路地は、住民の育てた「路地園芸」に溢れている。だから、視野の範囲にある緑の量は決して少なくはない=「緑視率」は高いということになります。ちなみに、江戸っ子は「ひ」と「し」をよく言い間違えるので、それを踏まえた駄洒落でしたが、「持続可能性」云々はさておき、笑いながらも妙に納得した覚えがあります。

 

先日西陣で撮影したこの路地では、味のあるトタン壁の前に、少々地味な鉢植え植物が並び、向島によく似た「緑視率」の高い一角を形作っています。こんな普段着の風景が方々で見られるのも、西陣エリアを歩いてホッとする理由の一つかもしれません。なお、「路地園芸」を主題にしたユニークなアートプロジェクトの事例があるので、また改めてご紹介したいと思います。

曽我高明

ANEWAL Gallery現代美術製作所 ディレクター 曽我高明

東京の下町・墨田区の向島で、長年展覧会やアートプロジェクトに取り組んできました。縁あって2017年より上京区に拠点を移し、ANEWAL Gallery 現代美術製作所(通称:現代美術製作所)をオープン。ゆるいペースで様々な活動をしています。

2021.08.16
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毎年、夏休みになると、地域のあちこちでラジオ体操が行われます。
当施設の裏手にあるみつば幼稚園のグラウンドでも、毎年100名以上の方々が早朝から体操に励んでおられます。

うちの特養の入居者さんたちも、12年ほど前から毎年ラジオ体操に参加させてもらっています。
もともとは、Aさんという女性が居室でラジオ体操をされていたのを見た職員が、グラウンドでもラジオ体操をしているし、せっかくだから一緒にやっては、ということでお連れしたのがはじまりでした。

地域の方々と顔を合わせるという緊張感からか、Aさんは毎朝5時に起きて、ばっちり化粧をして、グラウンドに連れていってもらうのを待つようになりました。
Aさんと一緒に参加していたBさんも、それが生きがいに繋がったのか、一生懸命リハビリに励まれるようになり、10年連続で皆勤賞をとられるまでになりました。
残念ながら、去年・今年と、コロナ禍により中止になってしまいましたが、来年こそは再開されることを願っています。

そういえば、今年のオリンピックのメダリスト・芳田司選手もみつば幼稚園の卒園生なんだとか。
幼い頃、うちの入居者さんたちと一緒にラジオ体操をされていたのでしょうか?

中島慶行

京都市小川特別養護老人ホーム 施設長 中島慶行

立命館大学大学院社会学研究科博士前期課程修了。 2009年より2年間、京都市小川特別養護老人ホーム副施設長兼京都市上京区地域介護予防推進センター長を務めたあと、伏見区の施設に異動。 2019年、京都市小川特別養護老人ホーム施設長兼京都市上京区地域介護予防推進センター長として復帰。 銭湯と牛乳とじゃこ天が好きです。

2021.08.15
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船岡山。西陣の北方にある小高いこの山は、平坦な京都盆地にあって珍しいランドマークとして親しまれている。学校の遠足で登ったという人も多いだろう。山の北側は公園になっており、広場のほかに野外ステージも設けられている。
この公園の一角には、何やら荘厳な雰囲気のモニュメントが建っている。これは昭和10年に建造された「ラジオ塔」である。昭和初期以降、ラジオ放送の普及のため全国各地にこのような塔が建てられた。京都では、円山公園をはじめ8ヶ所に現存する。
昭和初期には、現在では夏休みの風物詩となったラジオ体操も「国民保健体操」という名前で開始された。全国の国民が同じ時間に同じ音を聞き、同じ動きをする。これまでにないこの経験は、人々が国民国家としての日本を強く意識する契機になったことだろう。
ところで私が気になったのは、このラジオ塔の向きだ。広場からラジオ塔を見ると、どうもその延長線上に、御所があるように思えた。しかし、地図に線を引いて確かめてみると、京都御苑をかすりはするものの、京都御所からはズレている。京都ならありそうな話だと思ったのだが、残念ながらその読みは外れだったようだ。まあ、そういうこともある。

重永瞬

京都大学文学部地理学専修 重永瞬

地図とまち歩きが好きな大学生。“西陣の端っこ”(お隣?)仁和学区で生まれ育つ。大学で地理学を学ぶかたわら、まち歩き団体「まいまい京都」でスタッフとガイドを務める。なんでもない街角の記憶を掘り起こしたい。古本とラーメンが好き。