西陣にまつわる
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曽我高明

ANEWAL Gallery現代美術製作所 ディレクター曽我高明

東京の下町・墨田区の向島で、長年展覧会やアートプロジェクトに取り組んできました。縁あって2017年より上京区に拠点を移し、ANEWAL Gallery 現代美術製作所(通称:現代美術製作所)をオープン。ゆるいペースで様々な活動をしています。

2021.10.07
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ある日、見知らぬ男性が訪ねて来て、いきなり「おたくの路地園芸、とても素敵なので、今度芸術祭にご参加いただけませんか?」と頼まれたら、大抵の方は「新手のオレオレ詐欺?」と怪しむかもしれません。10年ほど昔、アーティストの村山修二郎さんは、東京墨田区の京島で「京島路地園芸術祭」を企画しました。彼が選んだ10軒ほどのお宅にエントリーをお願いして、独自なマップを作り、地域の内外の鑑賞者に「路地園芸術スポット」を巡り歩いてもらいながら、路地やそこでの暮らしの魅力を再発見してもらうプロジェクトです。幸い木訥とした村山さんの人柄も手伝って、警察に通報されることもなく、何度か足を運ぶうち、みなさん快く協力してくださいました。初めは「うちの園芸なんて、人様に見せる価値が無いから」と渋っていた家も、二度目に伺うと、植木鉢が前より綺麗に並んでいた、なんてこともあったとか。「路地園芸術祭」では人気投票も行い、最多得票の方には、金色の植木鉢のついたトロフィーがプレゼントされました。西陣エリアを散歩するたび、彼のエピソードを思い出し、こちらの路地でもいつかプロジェクトをやってみたいと、勝手に妄想したりしています。

2021.08.17
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一定の広がりを持つ地域で、緑で覆われた面積の割合によってその地域の自然度を表す指標に、「緑被率」があります(参照:Wikipedia)。いつだったか、これをもじって「緑視率」と言ったのは、ぼくの知り合い、NPO法人・向島学会理事長の佐原滋元さんでした。

 

東京有数の木造密集市街地(略してモクミツ)である墨田区向島は、緑地が少なく「緑被率」は大変低い。その代わり街中の路地は、住民の育てた「路地園芸」に溢れている。だから、視野の範囲にある緑の量は決して少なくはない=「緑視率」は高いということになります。ちなみに、江戸っ子は「ひ」と「し」をよく言い間違えるので、それを踏まえた駄洒落でしたが、「持続可能性」云々はさておき、笑いながらも妙に納得した覚えがあります。

 

先日西陣で撮影したこの路地では、味のあるトタン壁の前に、少々地味な鉢植え植物が並び、向島によく似た「緑視率」の高い一角を形作っています。こんな普段着の風景が方々で見られるのも、西陣エリアを歩いてホッとする理由の一つかもしれません。なお、「路地園芸」を主題にしたユニークなアートプロジェクトの事例があるので、また改めてご紹介したいと思います。

2021.07.18
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「吾輩は路地である、まだ名前はない」・・・なんてフレーズをつぶやきながら、雨の中、西陣の一角を歩いていたら、路地の入り口に、こんな表示板を発見しました。同じ通りには、アニュアル・ギャラリーの運営する、ものづくり工房・クラフテリアが入っている「赤レンガ路地」も。この表示版、下部の小さなアクリルプレートには、西陣織かな?、きれいな布の一部らしきものが。路地ごとに布の色も柄も違って、地域性を活かした素敵なアイデアです。あとで知り合いに聞いたところ、路地の名前は地元小学校の生徒が考えたそうで、アクリルプレートは、通り抜けのできる路地とできない路地を区別して、長さの違う2パターンがあるのだとか。実はぼくも東京の向島時代、アーティストを招いた小学校のワークショップをお手伝いした際、子供たちに好きな路地に名前をつけ、そこにふさわしいモノを作ってもらったことがあります。猫がたくさんいる「ネコ路地」に、猫と一緒にくつろげるベンチを贈ったら、住人の方が喜んで使ってくれました。身近な場所に「名前がある/名前をつけてみる」。遊び心のある小さな工夫が、ぼくらとまちの距離を、ぐっと近づけてくれます。

 

2021.06.19
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ステイ・ホームばかりだと運動不足になるので、気分転換も兼ね、梅雨の晴れ間には、たまに自転車で少し遠くまで走っています。前に生活していた東京の下町と似て、自転車移動のラクチンなところは、京都に親しみを感じる理由のひとつ。ただし、すごーくアバウトな比較をすると、巨大な碁盤の目のような京都の街は、全体が北に向かって緩やかな上りの斜面になっているので、その点、どこまで行ってもフラットな東京の下町とは大きく違いますね。さらに市街地は、西陣エリアの辺りまでくると、千本通の方角に向かっても、緩やかな上り坂になっている。自転車なら、軽かったり重かったりするペダルの踏み心地の変化で、そんな街中の微妙なアップダウン事情を、運動しながら自然に体感できます(ダイエット効果はビミョーですけど)。さて上の写真は、大黒町のお寺の塀に自転車を止めて撮影したもの。「瓦土塀」と呼ぶそうで、美観だけでなく、瓦が雨水を弾いて、土壁の強度が下がらない効果もあるとか。写真では右方向が千本通で、塀の下部にある石の幅に注目すると、そちらへと進むにつれ、だんだんと狭くなっていて、道がわずかに傾斜しているのがわかります。

2021.05.20
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新緑の季節だというのに、一向に気分が晴れません。
新型コロナウィルスの流行、いつになったら終息するのでしょうか。遠出もできないので、最近はもっぱら、静かな裏道を選んでご近所散歩をしています。

で、散歩していて感じたのは、変な表現だけど、京都ってお地蔵様の人口密度が高いんですねえ。
とくに西陣では、ひんぱんにお地蔵様の祠と遭遇します。通りすがりの路地の奥に、ひょっこりさん的に顔を覗かせた小さな祠を見て、ほっこりする(いやダジャレではなく)。
その祠も、木造のミニ仏閣風、コンクリート製、カラータイル貼り、ログハウス風、鳥籠みたいな柵に囲われたもの、時には妹島和代デザインか?と疑うようなモダンなのまであって、規格化されていないのが面白い。
また祠の位置も、軒下だけでなく、家の外壁と一体化したり、ブロック塀から顔を出したり、ひっそり公園の脇にあったり、変化に富みつつ、さりげなく街に溶け込んで、いかにもネイティブな佇まい。

せっかくなので、ひとつ無病息災をお願いしていきましょうか。
え、でも、なんて拝むのかな?と思ったら、提灯に書いてありました。「南無地蔵大菩薩」。

それでは、なむー。

2021.04.20
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東京から西陣エリアに拠点を移し、そろそろ4年。でもぼくが初めてここに来たのは、そう、昭和末期のバブルの始まる少し前、1987年だったと思います。その当時、明治から昭和初期に建てられた近代建築を巡るまち歩きにハマって、建築史家の藤森輝信さん(今は建築家としても活躍)のガイドブックを片手に、関西にまで足を伸ばし、建物の写真を撮ったりしていました。何が面白いの?って言われると困りますが、切手集めや昆虫採集みたいなもんでしょうかね。で、そのとき西陣で見たのがこの建物。1921年、岩本禄の設計した旧・京都中央電話局西陣分局(現・西陣産業創造会館)です。正面に女性レリーフがある大きな半円形を設け、その中央にドンと出窓を配し、ほかには特に目立った装飾のないシンプルな外観。公共建築を西欧の古典的様式で飾るのが普通だった時代、ものすごく斬新な建物だったはずです。ちなみにこのレリーフ、つい最近京都国立近代美術館で開催された「分離派建築会100年」展に、型取りしたものが展示されていました。その上、同じ意匠でつくった落雁をミュージアムショップで販売していて、さすが京都だな〜と感心したり。