西陣にまつわる
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西陣にまつわる人々が、綴るコラムCOLUMN

2021.06.09
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おばけこわいオーケストラ
僕は自分の目の届かない場所に対して少しこわいと思ってしまいます。
ちょうど二年前に引っ越してきて千本今出川の二階建ての一軒家で暮らし始めたとき。1階にいたら2階が、2階にいたら1階が、見えない。その見えない恐怖を中和するために夜は音楽を聴いていました。
ある夜、音楽を聴いているとスピーカーの電池が切れて、すぅっと静寂がやってきて何かの音を耳にしました。
こつんっこつんっ
(?)
 コツンっコツンっ
(….やだ、なんか音がする。勘弁してくれ。。。)
どうやらそれは窓際の方から聞こえていて、ジリジリと窓に近づくと「おぉぉー!」と声が。
その正体は隣のビリヤード場から聞こえてきた声と音たちで、それ以来、窓を開けて生活することが多くなりました。
今夜も窓を開けるといろんな音が聞こえてきます。
遠くで車が走っていき、近くでおじいちゃんが話していて、さらに近くで誰か料理をしていて。
そうやって姿の見えない演奏家たちの姿を音越しに眺め、ささやかな演奏会に耳を傾けます。
黒田健太

紡ぎ手/綴り手 黒田健太 KéFU stay&lounge

初めまして、 西陣に住んでいる黒田健太です。 夜のがらんとした千本通を歩くのが好きで、たまに夜中に出かけます。生活をしていると忘れてしまうのですが、そんなささやかな時間にときどき立ち寄りたいと思っています。

2021.06.08
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西陣初心者の私ですが、2週間に一度オサノートのミーティングのためにケフに通うたび少しずつ西陣のことが分かってきました。
今までは何気なく見過ごしていた路地や町屋に心が惹かれます。

冒頭の写真は、同大学同学部の仲良し編集部メンバーです。実は私たち3人の下の名前、おと、さき、あおばのイニシャルを取るとosaになるのです。運命を感じずにはいられません。

運命といえば、、
オサノートとの出会いこそ運命だと思っています。

1月、諸事情あって大学で所属していたとある団体をクビになりました(笑)悔しくて悔しくて1ヶ月ずっと落ち込んで泣いていました。

そんな時に出会ったのがオサノートです。
オサノートを通じて知れた新しい世界が沢山あります。先日は夢だったラジオにも出演させていただきました。
どこかの漫画のセリフですが、あの日悔しくて良かったと笑って言えます。運命は自分の進むべき道に導いてくれるものなんだと思います。

出会いも別れも大切にますますオサノートライターとして頑張っていこうと思う今日この頃です。

窪田早希

学生 窪田早希

出身は大阪ですが、中高6年間京都の学校に通っていたので京都歴は長いです。地方創生に興味があって大学では政策学を学んでいて、研究者を目指して勉強しています。osanoteを通じて西陣の魅力を発掘&発信していきたいです!よろしくお願いします!

2021.06.07
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#おかえり西陣

同志社大学ヨリフジです。

 

6月突入。卒業までのカウントダウン。
あと10ヶ月の大学生生活の中で考えたいテーマが
“コミュニティの在り方”です。

 

先日、今年1月にオンラインで開催された
「つぎにし(つぎの西陣をつくる交流会)」で出会った人たちと
久々にお話しする機会がありました。
ここ数週間、低気圧のせいなのか?悶々としていた私ですが
話をすることで
近くに、ありのままの自分で、打ち解けて話せる人たちがいることの
しあわせを心の奥底から感じました。
(その日はよく眠れました!)

「おかえり」と言われているような
「ただいま」と言いたいような、あったかい気持ちでした。

 

地域のコミュニティって、基本的に“長い”お付き合いですよね。
長期的な人間関係を端から恐れ、バイトも短期のものを選ぶような私が
“長いお付き合い”を誰かとつくっていけるのか、失敗したらどうしよう_
不安もあるのですが難しく考えず
自分が帰れる“居場所”をたくさんつくりたいと思うようになりました。

 

「心打ち解けて話せる人がたくさんいる」
西陣を、私も含め一人でも多くの人にとって
安心する場所にすることが目標です。

 

(写真・町家学びテラスで様々な方々と!)

依藤菜々子

紡ぎ手 依藤菜々子

同志社大学卒業。 2020年、同志社大学が発行する今出川地域のフリーペーパー「イマ*イチ」の制作を通じ、西陣ならではの凝縮された魅力を知る。 好きなもの:アニメ/クラシック音楽/ミッフィー

2021.06.06
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船岡山の中に建勲神社という神社があります。西陣の氏神様といえば今宮神社が一番に思い出されますが、初詣で今宮さんにお参りしたあとは、建勲神社にもお参りをすることにしています。

建勲神社お参りするきっかけとなったのは数年前のこと、お正月に訪れた際「建勲神社」の正式な名称が「たけいさおじんじゃ」ということを境内の掲示板で知ったからです。私の名前は健と書いて「たけし」と読みます。弟の名前は功と書いて「いさお」と読みます。そういうわけで、「たけし」と「いさお」で「たけいさおじんじゃ」、勝手な解釈な上、字も違います。けどなんとなくご縁を感じてそれ以来、毎年お正月にお参りをするようになりました。

ご縁や偶然とか自分ではどうすることもできないこと、こういう気持ちはいつも大切にしたいなと思います。信心てこういうとなのかなぁ…

岡田健

光都紙工有限会社 代表兼デザイナー 岡田健

西陣の南東?の牛乳屋の息子として生まれ育って五十数年、今は極小印刷会社の代表取締役兼デザイナーです。ウクレレとコーヒーが好きです。

2021.06.05
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始まりは、卓上にある美味しいキャベツ。
お寺に集う皆で、おいしい。おいしいと言いながら、寄ってたかってちぎっては、もしゃもしゃと食べていました。
そのキャベツがまた、生のままで味付けも不要なくらい甘くて美味しさたっぷりで、食べてるだけでもう皆自然と顔がほころんでいて。
2年前の平成から令和に変わる夜のことでした。
そのキャベツを持ってこられたのは、当時兼業で農家をされていた今井啓文さん。野菜を食べている皆の沢山の笑顔を見て、「私の生きる道はこれだ!」と心が決まったそう。その数ヶ月後にはなんと、20年勤めた会社を退職。地元の滋賀県・守山市で無農薬栽培農家「ラトナファーム」をスタートさせたのです。
始めたばかりは苦労の連続。度重なる天候不順や、農薬を使った野菜との価格競争に巻き込まれたり。それでも愚直に、真摯に作り続ける今井さんのために私たちも何か応援できないかと昨年秋から寳幢寺の軒先での野菜市を始めました。皆でわいわいと店番しながら、半年経った今はすっかり、地域にも定着しつつあります。ご家族やお友達を連れてきてくださるご近所さんも増えてきて、あの日の笑顔がより一層広がってゆく風景を見つめています。

松波さゆり

和裁士 松波さゆり

岡山県出身。布好きが高じて京都で学び暮らし始めて早18年目。プロの和裁士としてテレビドラマの衣装をはじめ様々な仕立てを手掛ける。現在は市民運営の寺院 ”寳幢寺”のスタッフとして日々を過ごしながら、社会や地域に貢献できることを模索しています。

2021.06.04
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梅雨の最中、晴れた日には、

陽射しに、気温に、夏を感じる日が増えてきました。

 

マイホーム計画中の梅田家、6月は地鎮祭の予定。

準備のため、今日は家族4人、愛車に乗って草抜きにゆきます。

 

うちの車はチョット珍しい車。

兵庫県西宮で購入した、パキスタンやインドで走る三輪車。

現地ではオートリキシャと呼ばれています。

 

ギラギラした夏がやってくると、灼熱のインドの旅を思い出す…

旅先で乗った乗り物で、日常を旅に変えてゆきます。

 

西陣の町並みにも、自然と調和する不思議。

この車に出会ったら、手を振ってあげてくださいね。

梅田啓介

クリエイター 梅田啓介

あるときは会社員、あるときはデザイナー、あるときはアーティスト、あるときはおべんとうアーティスト。 楽しいことを求めて。 今年、西陣に家を建てて、引っ越してきます。

2021.06.03
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私はスーパーマーケットが大好きで、旅先や普段いかない所で、見かけたら立ち寄ることにしている。

北野商店街を歩いた時に「メッサ北野」というスーパーマーケットをみつけ立ち寄った。
そのことをSNSに書くと、地図に詳しい方が元々そこが公設市場であったことを教えてくれた。

京都市に公設市場が最初にできたのは1918年。全国で米騒動がおき、国や市町村は、食料の安定的な供給のための対策を取る必要があった。その対策の一つとして京都市で最初に作られた3つの公設市場のうちの一つが、メッサ北野の前身、北野公設市場だ。西陣界隈で働く職工さん向けに、安価な商品流通を目的としたという。

京都で公設市場から発展したスーパーは他にも足を運んだが、大型スーパーよりも独自の目利きや、得意分野があって他のスーパーより安い商品があるという印象を受けることが多い。そんなわけでメッサ北野も好きなスーパーにランクイン。

今日も知らないスーパーマーケットがあれば吸い込まれていく私である。

川原さえこ

もう一つの椅子 川原さえこ

京都府長岡京市在住。フリーランスのリサーチャー、保育士。「もう一つの椅子」という名義でまちのランドスケープ(風景)研究を行う。東京下町から京都へ来て約1年。観光客でもなく京都の地元民でもない境界の視点でふらりと歩いたまちの景色を描く。

2021.06.02
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西陣で髪を切る。

僕がこのエリアに(正確にはその近所に)住み始めて14年が経とうとしている。
僕が毎日絵日記を描き始めたのは大体その前後くらいだろう。

過去のものを見返すと、定期的に登場してくる場所がある。その一つが散髪屋だ。

14年前、千本今出川より少し南、(いまだに慣れない京都風に言うと下ると言うのだろうか)英国風の外観とショーウィンドウを飾るアンティーク、そして「技術料」という値段表に何やらダンディズムを感じ、その散髪屋に入店したのだった。

オヤジさんが特注したというシャンプー台の前に座り、映画やらコーヒーやら古い自転車などについての話をしているうちに髪型は完成し、顔を剃ってもらい終了する。
僕と世代の近い息子さんとは趣味のギターの話をする。
その日から今にいたるまで僕はその散髪屋、バーバーハヤシに通い続けている。

いつも仕上げに柑橘系のトニックを髪に振りかけてもらうのだが、この香りを嗅ぐと、往年の西陣のダンディたちにその時だけは近づけた気がするのだ。

景井雅樹

版画家 景井雅樹

京都の版画工房で銅版画を始める。 2006年頃より、毎日の出来事をノートに青いボールペンで描く絵日記形式の作品を作り始める。 一日1ページで現在4000ページほど。まだ毎日描いている。 コーヒーと自転車と音楽の愛好家。

2021.06.01
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多拠点生活サービス「ADDress」のまっさんこと高本です。

ADDress京都西陣B邸〜KéFUで暮らせるようになって、たまに散歩するのが30年近く前に学生時代暮らしていたワンルームマンション周辺。堀川通りは上長者橋のほど近く、僕はここに住みながら今出川の大学に通っていた。

すぐそばにある堀川商店街(今やまち再生で数多くのひとたちが活躍する聖地だ)はもちろん、OSANOTEで紹介される西陣の日常のなかの非日常なんて全く興味もなく、梅田や河原町、丸田町のメトロに繰り出す日々だったけれど上長者橋から堀川を眺めてみるとそのときも今も変わらない風景を眺めることができた。

 

陰陽師・安倍晴明で有名な一条戻橋あたりから中立売橋あたりまで続く、この堀川の小路に点在する石のベンチで朝やひるさがりにぼーっとしてみると贅沢な時間が過ごせる筈。

マンションのオーナーさんの立派な町家は今やビルになり、一方で織物産業も様々な困難のなかで世代継承がされている時代。堀川の風景は変わらず、川の水も静かに流れ続けている。

高本昌宏

多拠点プランナー / ADDress 事業企画 高本昌宏

学生時代に伏見と西陣に住んだことがきっかけで、京都では決してメインストリームではないかもしれないこの二地域に惹かれる。多拠点居住サービス立ち上げをしながら、2020年伏見移住。西陣にも同年から通い始め、魅力再発見中。

2021.05.31
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昔からぼんやりと「京都に住んでみたい」と思っていた。何度か訪れた時にこの街に住んだら面白そうだと感じていたのだ。かといって京都の文化や歴史には全く詳しくはなく、ただ街の空気感に惹かれていたのだと思う。 そんなぼんやりが現実になり、京都に暮らし始めて7年目に入った。まだまだこの長い歴史のある都ではstranger感は抜けないにせよ、生活してる中で自然と知り得る物事が増えていく。住んでいる場所が「西陣」と呼ばれる地域の西側にあると意識するようになったのは住み始めて1年たったころ。西陣織に関わる人が周辺に多いことにも気づいたのもその頃だ。
西陣は用事で四条界隈や左京、北大路あたりに行く時の自転車での通り道であり、散歩コース。いつもなんとなくジグザグと通り抜けたり、買い物や食事ができるお気に入りのお店が何軒もある。
そんな中、ここ数年は大宮通りに行くことが多い。ゆる〜い感じの商店街に美味しい飲食店や気になるお店がある。そして漂う昭和感。大宮通りに限ったことではないが西陣の路地や商店街に色濃く残る昭和感が自分にはたまらなくツボなのである。
小川 櫻時

映像監督 小川 櫻時

長年様々な映像をを作る仕事をしています。東京、沖縄を経て2015年から京都市在住。近年は、クラフト作家や様々な手仕事をする人々にフォーカスした映像を制作・発表しています。映像空間演出ユニット「SAKKAKU」としても活動しています。