頭の片隅にはいつもLaughter

 

――よろしくお願いします。まず、矢野さんとはどんな人ですか?

 

矢野:自分ってどんな人か……(笑)。好きなことは、アート巡りです。もともとのきっかけといえば、店の内装やデザインは僕が担当していて、自分のセンスや感覚が反映される部分がすごく多いから、もうちょっと磨かないと、という義務感で美術館とか展示とかに行きはじめたんです。最初はいやいやながら勉強だと思って根気よくずっとやっていたら、1年経ったぐらいから徐々に楽しくなってきて、今はもうめちゃくちゃ行ってます。

 

――ちなみに最近はどこかいきましたか?

 

矢野:二条城で「アート京都2022」っていう展示をしてるんですけど、その場で買えるから、作品に値段が入ってるんです。で、草間彌生とか奈良美智とか隈研吾とかコシノジュンコの作品もある。奈良美智とか草間彌生の作品は美術館で飾ってることはあっても、最近の作品がギャラリーで売られてるところを目の当たりにすることはあまりないから、めちゃ高くてびっくりしました。

 

――ちなみにおいくらぐらいでした?

 

矢野:2千万とか。

 

――家が買えそうですね(笑)。

 

矢野:今週はアンディーウォーホル展にも行って、先週は日帰りで愛知芸術祭に行きました。その前は兵庫の美術館に行ったり。お金はほとんどそれに使ってますね。

 

――じゃあ矢野さんの休日は美術館巡りなんですね。三輪さんの休日も聞きたいです。

 

三輪:僕は休日はこの辺にいます。この地域の店とかコーヒー屋に行くのは、お客さんとの会話のネタになるから。コーヒー屋に行っておくとコーヒー好きな人と話せるし、この辺のお店に行っておくと「お昼ご飯をこの辺で食べたいんですけど」って言われた時に紹介できるじゃないですか。
あと、龍平の美術館みたいなノリでいうと、祇園花月に行くのが好きで、月に1回は行っています。休みの日は公演スケジュールを見て、「今日はミキがおるな」とか「笑い飯と和牛は行くか」って(笑)。舞台のお笑いはアドリブがあったり、前の芸人さんが滑ったところを回収したり、出てきたボケのワードをもう1回使って「それ前の組のやつやろ」とか。あとは時事ネタを持ってきたり。そういう機転を効かせるプロだから、それを見るのはすごい楽しいんです。そうやって作られる笑いを見るのが好きですね。

 

――では三輪さんのツッコミは祇園花月仕込みなんですね。

 

三輪:いやぁ……、影響されているかもしれないですね。

 

――三輪さんと話すのが楽しいのはそのおかげなのか。
お2人ともLaughterというお店のために美術館に行ったり、地域のお店に行ったりと、Laughterが中心にあるんですね。

 

矢野:そうですね。お店のことは常に頭の片隅にあるから、休みの日でもずっとLaughterのことを考えていると思います。

 

 

鴨川のほとりでLaughterを

 

――Laughterのお店は矢野さんがデザインされたとおっしゃっていましたが、こだわりはありますか?

 

矢野:京都の建物って間口が狭くて奥に長い建物が多いけど、そういうところって、入りにくかったり、単純に物件として使いにくいから、間口の広いところを探していました。だからガラス張りにして、季節によって全部開けたりすることで、ある意味日常と店の中の非日常感を無くすというコンセプトがあります。あと、元から焙煎所にするつもりだったからインダストリアルにしたくて。家具の選び方もそっちに寄せていたり、外に置いてあるのはコーヒーの木です。うちは生豆の輸入からやっているから実があって、それが生豆になって、焙煎して、淹れて、お客さんに出すという、この一連の流れを店の中で完結させて、それを楽しんでもらいたいですね。

 

――では2軒目のLaughterもやっぱり間口が広めなんですか?

 

矢野:そっちは狭いです。僕らが2店舗目を作ろうと思って物件を探したわけではなくて、たまたまそこを新しく借りる人がコーヒー屋さんも入れたいと言ったのがご縁で繋がって、「是非どうですか?」と。それも後で「結局なんで僕に頼んでくれたんですか?」みたいな話をしていたら、その人は俳優の松田龍平が好きで僕の「矢野龍平」という名前を気に入ってくれて(笑)。あとは、取引銀行さんが一緒で、その銀行にいる僕らの大学の同級生が繋いでくれました。

 

――なんだか不思議なご縁ですね。

 

矢野:2店舗目はすでに物件が決まっていたから、そこは間口が狭いんです。けど、鴨川沿いの物件で、こことは全然違う展開の仕方ができそうな所だったから、是非是非!となりました。

 

――なるほど。2店舗目のお店の構想は?

 

矢野:まずロケーションがよいんです!テラス席をガッツリ作るんですけど、広さは西陣のお店の3分の2くらい。だから、どちらかというとコーヒースタンドっぽくなる感じで、テイクアウトがメインですね。豆を出すというよりはドリンクメインになるから、宇治にあるカフェと一緒にスイーツを開発しています。テイクアウト用のスイーツを3種類くらい用意して、それを片手に鴨川を散歩しながら、飲んでもらったり食べてもらったりしたいなぁ。

 

――めっちゃいいですね。

 

矢野: 2店舗目でいろんな年齢層の人たちに知ってもらって、豆が欲しい人には西陣のお店を紹介したりとか……。

 

――なるほど。もともと店舗を増やしたいと思っていたんですか?

 

矢野:増やしたいというのはありました。西陣のお店だけだと、できることが限られていて、良くも悪くも安定しちゃうんですよね。1日に来る人の数も急速には増えないし、かと言って落ちることもない。コーヒー屋って単純に見えて割と難しくて、例えばこの店でちょっと違うものを出したら豆が売れなくなるんじゃないかとか、イメージを変えづらくて。アクセスもあまり良くないし、コーヒー専門店の色が強くてライトな層が入ってきづらい。だからもうちょっとアクセスが良くて、コーヒー玄人じゃなくても気軽に入れるお店をもう1個作りたいなというのはずっと思っていたんですけど、具体的にいつ作るのかと考えていたわけではなかったです。

 

――そうなんですね。北大路もすごく楽しい地域になりそうですね。

 

矢野:今、北大路にはコーヒー屋が増えています。道路沿いにめっちゃできていて、大学も近くにあるから下宿をしている大学生も多いし、もちろん住んでいる人も働いている人も多い。なにより、やっぱり鴨川が最高じゃないですか。

 

――最高です!

 

 

西陣という選択はいい選択だった

 

――では西陣のお店と新店舗は全然テイストの違うお店になりそうですね。西陣のお店のように地域のおじいちゃん・おばあちゃんも来られる地域のお店と、いろんな人が単純にコーヒーを楽しむお店。

 

矢野:そうですね。今は豆のお客さんとドリンクのお客さんの比率は半々くらいなんですよ。こっちはどちらかというと豆を売るお店で、物販店にしようと思っていたから、これだけ飲みに来る人が増えたというのは嬉しい誤算です。だから西陣では製造をメインでやって、豆を売っていくような場所にさらに寄せていきつつ、新店舗で不特定多数の人に知ってもらいたいですね。

 

――それこそ西陣のお店は工場みたいな場所になりますね。ちなみに、西陣でお店を持ってよかったことはありますか?

 

矢野:タイミングがよかったです。だいたい町には盛り上がりと衰退という波があって、昔は千本通りも西陣もめちゃくちゃ栄えていたけど、今は下火になっています。だから周期的にいうと、今はちょうど上がってくる直前らしいんですよ。最近は若い人の転入者も増えてきているから、事業者同士で盛り上げるぞというタイミングで入ってこれたというのがまずよかったですね。
あとは、西陣は一軒家が多い。そうすると、うちのお店の豆は見る人が見たら「高い」と思うんですけど、全然値段を気にせずに、「豆が美味しかったら買うわ」っていう人が多いんですよ。今年は乾隆小学校のお祭りに呼んでもらったり、小学校の保護者会向けにドリップ教室をやったり……。そういう機会も増えてきたからよかったなぁ。

 

――最近イベントも多いですよね。地域との繋がりができているんですね。

 

矢野:どうなんだろう。西陣でしかやっていないから、どこにお店を作ったとしても、やる人次第できっちり地域に根ざしてできるのか、あるいは西陣だからこうなったのかというのはわからないですね。でも西陣は事業者同士の繋がりが多くて、だから西陣って結界がありましたもん。

 

――確かに、外からだと入りづらさはありますよね。

 

矢野:入りづらさもあるし、癖もある。でも入ってみて仲間になっていくとそれをあまり感じません。
最初からお店を西陣に作りたい!というのはなかったんですけど、この物件を含め、結果として西陣にある。実際、うまくいっているのかどうかは正直わからなくて。別の場所だったらもっとうまく行っていたのかもしれないし、それはわからないけど、なんだかんだ2年間やれているというのは間違いではなかったのかな。最善の選択肢ではなかったかもしれないけど、いい選択ではあったと思っています。

 

 

Laughterはこれからどこへ向かうのか

 

――新店舗はこれからの新しい挑戦ですね。

 

矢野:そうですね。そこを無事にオープンさせて、うまく回せるように落ち着かせたいです。できるだけ自分たちの手を離れてもうまく回る体勢を整えたくて。他にもいろいろなことをやっていきたいけど、自分たちが2店舗目に手を奪われていたらなにもできませんから。
理想はずっと2人でやりたいんです。自分たちの手を離れるというのはすごく怖くて、だけどそうも言ってられない。だから「人」問題をどうしようかなと思っています。

 

――店舗が増えるとどうしても人が必要ですもんね。

 

矢野:極論、店の数が増えなかったら人の数も増やさなくても良いじゃないですか。だけど場所が増えると明らかに人を増やさないといけない。今、「ちきりやガーデン」というお花屋さんの本店にうちのフランチャイズのコーヒースタンドをやっているから、Laughterとしては実質3つ目なんですけど。そうやってフランチャイズみたいな形で増やすならある程度は今の人数のままでも増やせるけど、無闇に増やせばいいというわけでもない。どちらかというとアジアにお店を作りたいですね。

 

――え、海外なんですか!アジアのコーヒー文化は熱いですよね。アジアではドリンクと豆どちらが多いんですか?

 

矢野:圧倒的にドリンクだと思います。ヨーロッパとかアメリカとかは豆で買うこともあると思うけど、アジアでは現地の人が飲むんじゃなくて旅行者の人が現地のカフェで飲んでるのが多い。現地の人からするとコーヒーは高すぎて飲めないんですよ。

 

――じゃあ自分でコーヒーを入れる人はなかなかいないんですね。ちなみにアジアの中でもこの国がいいという候補はありますか?

 

矢野:人のつながり的に行きやすいのはタイかなぁ。タイには知り合いもいるし、現に豆を輸入するのに現地でアテンドしてくれているコーヒーの会社の人とかいるから、そういう人たちのつてを使わせてもらって……と考えたら、圧倒的にやりやすいのはタイだと思います。

 

 

タイとLaughterの壮絶な物語

 

――タイにはどのようなタイミングで豆を仕入れに行くんですか?

 

矢野:だいたいコーヒー豆の生産には周期があって、11月から2月までが収穫期なんです。実を収穫して、洗ったり乾燥したりして、4月か5月くらいからその年度の出荷が始まります。だからタイには収穫期の直前の11月くらいに行きます。その期間にどういう豆をどれくらい生産するかを農園側は決めないといけないから、そのタイミングで来て欲しいって言われたり、逆に輸入する年度が終わった5月か6月くらいに行くこともあります。この2つが多いですね。

 

――じゃあ、お店の奥に積んである豆は1年分ということですか?

 

矢野:そう、1年分で買っているんだけど、今年はちょっと多めに買ってます。というのもコロナで物価がすごいことになっていて、コーヒー豆は高騰し続けてる。円安も止まりそうになかったから、できるだけレートが低い時に多めに買っておこうと思って、ちょっと多めにあります。

 

――ものすごく戦略的ですね。

 

矢野:そこはシビアに考えています。1ヶ月経って0.1円上がったら、払う金額は何百万円と変わってきますから。だからけっこうシビアに考えて、数を読んで買いますね。だからほんまは、うちくらいの規模のお店で生豆から輸入するのはリスクでしかないから、ほんまはやる意味がない。誰もやっていないですよ。

 

――普通は間に挟む業者がいますもんね。

 

矢野:普通は商社から買った方がリスクもないし、商社は買っているスケールが大きいからボリュームディスカウントで安くなってたりする。だから、商社から買った方が間に誰も挟まずに直接買うよりも安かったりするんです。だからこんなことをやっていても数値的な得は全然ないです。でも、うちはそこから始めたし、無駄なことをやっているからいろんな人に知ってもらったり、それを目当てに来てくれる人がいる。だから、僕らは意味を見出しているけど、他人に勧めはしないです(笑)。

 

――でも自分たちが現地の人の顔を見れるのはいいですよね。

 

矢野:でももう1回同じことをやれるかと言われると無理ですね。したくない(笑)。一番最初にルートを作ったときは、向こうの農園さんも海外に出したことがなかったからめっちゃ大変でした。

 

――農園さんとは最初どうやって出会ったんですか?

 

矢野:タイの農園を歩き回ってる時、たまたまコーヒー屋さんに入ったらめっちゃおいしい豆があって、その山と農園主の名前を便りに人伝に「〇〇さん知ってますか?」と聞いて回って、あっちこっち言われながら歩いていたら、たまたま農園主の息子さんの電話番号を知っているという人がいて。その人が電話をしてくれると息子さんが車で迎えに来てくれて、農園にたどり着いきました。それで「日本から来て、こういうことをしたいと思っているんです」という話をして……という感じです。

 

――映画にできそうなくらいドラマチックですね。

 

矢野:そうなんです。でも最初は全然信用されてませんでした。僕がまだ学生の時で、どうしたらいいかわからないから、とりあえず1ヶ月バイトして稼いだお金を全部使ってタイに行って、を毎月繰り返して。行かないと話が進まないからタイに行って、ちょっと話を進めて帰ってきて、「じゃあ次はこれを聞いてこれを決めよう」とか出てくるからまたタイに行って、またちょっと進んでまた帰ってきて……。やっと「行けます」となって、会社を作って、輸入して……。だからめっちゃ大変だったし、リスクが半端じゃないですね。

 

――そんな壮大だったのか。

 

矢野:『クレイジージャーニー』みたい(笑)。でも勉強にはなりました。その時に足で泥臭くやっていたから、今応援してくれる人がいたり、いろいろ分かることがあったりするから後悔はしていないけど、同じことはもうできないです。

 

――それでは最後に読者の方にメッセージを。

 

矢野:来てくださいしかないですね(笑)。場所としてはすごく面白い場所になるだろうと思っています。2階と1階の半分がシェアオフィスになって、1階の前半分がコーヒースタンドになります。テラス席もあって、毎日キッチンカーが来るから、ランチはそのキッチンカーが出して、ドリンクはうちがやります。他にもポップアップで借りられるスペースがあって、今は古着屋をやっている学生の子が借りたいって言っていたり。そういう風にいろんな人が関わって作っていく場所になるだろうし、西陣でも2年間いろんな人に来てもらって、そこで出会いがあって、一緒にご飯に行く仲になった人もいるんです。今よりもさらに北大路でいろんな人に出会うだろうし、僕らだけじゃなくて、来た人同士でも化学反応が起これば面白い場所になるんだろうなと思っています。
来てください。11月中旬オープン予定。詳しい日程はSNSを見てください。

 

――それは楽しみです。遊びに行きますね。

 

矢野:西陣でも北大路でも自慢のコーヒーと共に笑顔あふれる空間をお届けできるように頑張りますので、ぜひ1度お越しください!