lounge 恵文社 一乗寺店
「恵文社 一乗寺店」という本屋を初めて訪れたのはいつだっただろうか。確か、あれは僕が大学1年生の時のことだから、今から3年以上も前のことだ。もう50年近く営業している恵文社からすると、ちっぽけな3年かもしれないが、京都暮らし4年目の僕にとっては大きな3年だ。僕は初めて訪れたあの日から、恵文社には特別な憧れを抱いている。
そんな僕の憧れの本屋さんである恵文社 一乗寺店がKéFUにやってきた。出店者さんたちがそれぞれの客室に縄張りを構え、お客を迎える一方、恵文社 一乗寺店の縄張りは、入り口を入ってスグのラウンジだ。もともと、KéFUのラウンジには本棚があって、本棚には本がぎっしりと詰まっている。その本たちを選んでくださったのは、何を隠そう恵文社 一乗寺店なのだけれど、NEMURU KYOTO BOOKFAIRの間は全く違う本のラインナップに入れ替えられていて、本棚はいつもより眠たそうな表情をしていた。それもそうだ。「夜間飛行」「起こさないでください」「ねむたいひとたち」「おやすみなさい おつきさま」といった本たちが並んでいるのだから。並んでいる本たちのタイトルを切り貼りして巧みに組み合わせたら、好きなだけ眠れるだけの理由が作れそうだ。
イベントが行われた2日間、本の力によってKéFUのラウンジを眠たくさせていた恵文社の韓さんは、よく岡崎公園に散歩に行くという。朝でも夜でも岡崎公園へ散歩に出かける生活は、京都に在住する人の多くが望む生活ではないか。僕は、岡崎公園から遠く離れた所に住んでいるから、岡崎公園へ散歩に出かけるなんてことはできない。美術館で見たい展示をやっているとか、蚤の市があるだとか、イベント事がないとなかなか足を運べないから、落ち着いた平日の朝にパンでもかじりながら、琵琶湖の疏水や岡崎公園を優雅に散歩している韓さんを思い浮かべると、無性にうらやましく思えてくる。
最近は料理にハマっていて、作ったことがない料理を作ってみたり、パンをこねてみたりで、将来は自分の場所を持ちたいという韓さんは「人間って手と気持ちさえあれば何でも作れる」と言う。人間の行為の中で、ものづくりが全ての行為の根源で、最も偉大だと信じる僕はこの言葉にハッとさせられた。なにかを作りたいという気持ちを抱き続け−それが料理なのか、本なのか、はたまた違うものなのかはわからないけれど−、それを実現できる人間にはついつい憧れてしまう。
料理が好きな韓さんらしく、『成分表』(上田信治、素粒社、2022年)という本を大事に読んでいるらしい。漫画『あたしンチ』の共作者にして俳人の上田信治さんのエッセイ本だ。「愛しているとは何か」とか、「奥さんから”この動画が面白いよ“って見せてもらったけど、これって……」とか、ささやかな日常が織り交ぜながら、生活の中にある要素を突き詰めた本であるらしい。マヨネーズをモチーフにした装丁もたまらない。もしかすると韓さんは料理中の空き時間にこの本をパラパラとめくっていたりしているのかもしれない。(文・大成海)
中庭 AYA YAMANAKA
中庭の真ん中にただずんでいるAYAさんがいた。
その目線の先には横たわったマットレスがあり、シーツの上には自身で制作された作品たちが並べられている。普段は静とした部屋の中で宿泊者の疲れを受け止めるマットレスだが、NEMURU KYOTO BOOKFAIRでは什器という役割で、こじんまりとした中庭のなか、ブックカバーや洋服のトップスなどAYAさんの作品を乗せている。
そしてAYAさんは、それらの配置を気にされているようで、作品を入れ替えてみたり、たたみ直してみたり、向きを変えたりしては少し離れて全体を俯瞰するということを何度か繰り返していた。毛布やタオルであったり、端切れであったという作品には、いつか見た柄のものがあったりするからだろうか、どこか懐かしいような空気を纏っている。
ちょうど良い配置の模索。ただそれだけだろうが、どこか楽しげであった。
AYAさんがドイツのベルリンでの生活を始めたのは2013年。日本でアパレルの仕事を経た20代半ば。当初は短期滞在の予定であったが、良縁が良縁を呼び、ついつい住みついてしまったとのこと。ファッションブランドのBLESSなどでの経験を通して、現地のデザイン、アートの技術と感性を磨いてきた。
「ドイツでの活動の最初は作品づくりじゃなくて、洋服のお直しだったんです。破れたジーンズを繕ったり、スカートをバッグに変えたりしていました。」
ドイツでは使い古されたものを、もう一度直して使うということが好まれており、消費しないということが一つの習慣のようになっているとのこと。日本のあたりまえとは異なるその価値観は当時のAYAさんに強い印象を与え、現在の活動の原体験となった。
BLESSが過去に行ったプロジェクトや作品をまとめた図録はAYAさんにとって大切な一冊であるようで、デザインに行き詰まった時には今でも参考にしているとのこと。洋服や室内用のプロダクトなどが載っているその図録はいつ見ても同じ内容であるはずなのに、求めているものが異なれば、新鮮に映ることもあるのだという。
京都でのお気に入りの場所を尋ねると銀閣と答えられた。京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)に通われていたことから、左京区の山裾のあたり一帯には思い入れがあるとのことであったが、どうして銀閣かと尋ねると、特別に理由があるわけでなく、ただなんとなくだという。細部まで美意識が施されたお庭など、ただそこにある美しいものを静かに楽しむことのできる銀閣。AYAさんの纏う雰囲気に少し似ている気がする。(文・土路生知樹)
中庭 for-botanical
中庭に佇んでいるのはAYA YAMANAKAさんだけではない。散りばめられたAYAさんの作品と作品の隙間を埋めているのは、for-botanicalさんの花たちだ。生花がやさしめにどかぁーんと置かれ、所々にドライフラワーがちらほら見え隠れする。花を見つけて、「これは〇〇という花だ!」と名前を当てることはできないけれど、花を見て「なんともかわいらしい花だ」と思う。そう思ったら最後、気に入った花を連れて帰る運命にあるのだ。そのようにして、ブーケを大事そうに抱えながら行き来する人を何人も見た。
『魔女の宅急便』のキキが修行に出かける海辺の街でお店を構えていそうなfor-botanicalさんだが、実は大阪の花屋さん。店主・たけださんの「京都のお気に入り」は北区にある「STAR DUST」というカフェだ。ほんのり薄暗く、落ち着いた雰囲気で、置いている家具は古いもの。薄暗い空間にfor-botanicalさんのドライフラワーが似合いそうなお店で、だけださんがお茶をしている姿もたやすく目に浮かぶ。
「行きたいところに行き、見たいものを見て、食べたいものを食べるということを惜しまずにやっています」とたけださんは言う。昔から遊ぶことに夢中になっていたというたけださんは、今もいろんなお店に遊びに行っているそう。昔からやっている謎の店も最近できた新しいお店も幅広く遊びに行って、作られているものを見るのがお好きなのだとか。個人店は店主の人柄がにじみ出る。それが楽しくていろんなお店に行っちゃうたけださんの人柄は、for-botanicalというお店にそのまま滲み出ている。
『風の谷のあの人と結婚する方法』(須藤元気 森沢明夫・著、幻冬舎文庫、2008年)がなんかしょうもなくて、でも頑張る気にさせられて、印象に残っている「バイブルの一冊」だという。日常の中のえぇっ?となることとか、クスッと笑っちゃうことを交え、須藤元気さんが格闘家からダンサーになる、その紆余曲折が書かれたエッセイだ。かっこよく書こうとせずに、どんくさいところも曝け出されているエッセイって、人間らしさが垣間見えるからなんだか愛くるしい。そんな話でたけださんと、花たちの中で盛り上がった。
花ってすごい不思議な存在だと思う。花を見て機嫌を損ねる人なんて聞いたことがないし、なんなら花を部屋に飾ったり、誰かに花をもらったり、あるいはプレゼントしたりすると、もれなく全員が幸せになれる。だから、KéFUの中庭にAYA YAMANAKAさんとfor-botanicalさんが佇んでいて、入り口から入ってくるお客はみんな幸せだったんじゃないかと思う。(文・大成海)