魔法のタルト

 

 2023年3月のル・プチメックの新作は、今年初めて誕生した商品ではない。それは、25年前にタイムスリップすることができる“魔法のタルト”だ。どういうことかというと、今回紹介する2種類のタルトは、ル・プチメック創業25周年の記念商品である。ル・プチメックは、1998年10月に京都今出川で誕生し、今年で創業25周年を迎えた。そして、25周年記念商品第一弾として、創業当時の今出川本店の人気タルトが発売されることとなった。みなさんは、今から25年前の1998年はどんな年だっただろうか?1998年は、長野オリンピックが開催されたり、映画『タイタニック』が大ヒットとなったりした、らしい。というのも、プチメックが誕生した当時、私はまだこの世にいないからだ。私よりも人生の先輩であり、西陣の古参であるプチメックのタルトを片手に、25年前の西陣にタイムスリップしてみよう。

 

 

 ここは、1998年の西陣。パンの香ばしい匂いに惹きつけられるように、モスグリーンを纏ったル・プチメックの扉を開ける。1998年当時、お店の色は、京都の景観上の理由からモスグリーンであったらしい。しかし、店内は今と同じ赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスが並ぶ。パリのビストロを連想させる仕掛けに胸が高鳴る中、綺麗に整列しているタルトが目に留まる。三角形と円形のタルトたち。タルトそれぞれが自分は何者であるかを理解し、胸をはって堂々と自分のお皿やかごというテリトリーの中に入っているように見える。そんな姿を見ていると、なぜか私も誇らしい気持ちになり、背筋を正す。三角形のタルトたちも気になるが、スポットライトを浴びている2種類の円形のタルトを1人ずつ私のトレーに乗せる。1人ずつ私のテリトリーにお招きするように丁寧に。可愛らしい色合いのタルト・バナーヌと、タルト・ルージュ。宝石のような煌めく名前のタルトを持って、さあ、西陣を散歩しながらお家へ。

 

 

今出川通りを西へ向かい、千本通りからは北上する。自宅までのいつもの道のりも、片手に輝くタルトがあれば、景色も輝いて見える。バス停でバスが来るのを待つ。レンガ造りのレトロな建物の前で待っていれば、気持ちはパリジェンヌ。その建物は、キャメル色のレンガと、額縁のような窓の格子が美しい。春の暖かい日差しに照らされて、格子の影が窓に映る。それによって、建物の奥行きが感じられ、ついでに、奥ゆかしさも倍増する。ちなみに、私は、近代建築を巡ることも趣味の1つなのだが、そんなレトロなレンガ造りの建物に惹かれる理由は、お店に並ぶタルトと同様、堂々たる姿に圧倒されるからかもしれない。

 

 

バスを降りて、少し歩くと、淡いブルーの建物が見えてくる。それは、町の小さな看板屋さんだ。「看板は声なくして客を呼ぶ」という看板は、何度この看板屋さんの前を通っても目に留まり、どうしても立ち止まってしまう。そんな文言を自ら証明してみせる看板屋さん。今回もやはり立ち止まってしまった。そろそろ、袋に包まれているタルトが食べたくてたまらない。家まであと少し。滑らかな坂になっている千本通りを上って行けばいくほど、左手にわずかなタルトの重みを感じ、気持ちが高揚していく。

 

 

途中で食べてしまうことなく、タルトと共に帰宅することができたことので安堵する。可愛いお皿にのせてあげてから、いただきます。まずは、タルト・バナーヌをいただく。名前からも察しがつくように、タルトの上にキャラメリゼしたバナナがのっている。口に入れると、タルトの硬さとバナナの柔らかさが交互にやってくる癖になる食感が楽しめる。それと同時に、ほろ苦いキャラメルから、ひょっこり覗くバナナの甘さが口いっぱいに広がる。プリンのカラメルの苦味と卵の甘さのような組み合わせ。みんなに愛されないわけがない。

 

 

 

 続いて、タルト・ルージュをいただく。こちらは、フランボワーズ、カシス、グロゼイユ(すぐり)の3種の赤い実がクリームチーズ生地にのっている。赤い実がボタンの飾り穴を連想させ、タルトが小さなボタンに見えてきた。タルト生地を受け皿に、クリームチーズ生地と、赤い実を一緒に頬張る。その瞬間、甘酸っぱさが口に広がる。それぞれの赤い実の酸っぱさが、クリームチーズの甘さに包まれ、昔懐かしい味がする。美味しそうなボタンには今まで出会ったことがあるが、美味しいボタンには初めて出会った。

 

 

 1998年。その年は、それぞれの人にとって、甘かったり、苦かったり、酸っぱかったりとさまざまな“味”がする年だったのかもしれない。そんなことを、2種類のタルトが教えてくれた気がする。また、古き良きものは、建物にしても、食べ物にしても、人々の思いとともに残っていくのだと実感した1日となった。

 


 

【おまけ】プチメックの映画ポスターにトキメック

大成海

第2回『気狂いピエロ』 ジャン=リュック・ゴダール

 

 

僕が『気狂いピエロ』という映画を観たのは、ジャン=リュック・ゴダールという映画監督を知ってから間も無くのことだった。コロナ禍で外出の自粛を余儀なくされ、朝起きて映画、お昼ご飯を食べて映画、夜寝る前に映画というような生活をしていると、やがてゴダールの『女は女である』に出会ったのである。ゴダールのひとり目の伴侶として、かつ彼の映画のアイコンとして今もなお愛され続けているアンナ・カリーナがなんとキュートなことか。そしてこれまでに観たどんな映画にもない鮮やかな色彩や、軽やかなリズム感が妙に心地よく、今思ってみると、この体験が僕を映画の世界へ引き摺り込むきっかけになった。そして、『女は女である』に衝撃を受けた僕がヌーヴェル・ヴァーグの金字塔である『気狂いピエロ』に辿り着いたのは、至極真っ当な流れであったように思う。遠い国で知らない時代に作られた映画へ憧れ、アンナ・カリーナへ恋焦がれる。いささか暴論だが、そのようにして世の多くの映画ファンは映画ファンになってゆくのである。

 

『気狂いピエロ』で主演を演じたアンナ・カリーナは2019年に、もう1人の主演を演じるジャン=ポール・ベルモンドは2021年に亡くなった。そして2022年秋、2人のあとを追うようにゴダールがこの世を去った。1950年代末からヌーヴェル・ヴァーグの時代を築き上げた立役者たちはここ近年でどんどんいなくなってしまい、彼らの中でまだ元気なのはカトリーヌ・ドヌーブくらいしか思い浮かばなくなってしまった。それでも、ヌーヴェル・ヴァーグという、僕たちの知らない世界に対する憧れは、例えば映画館で、例えば本の中で、例えば喫茶店での会話の中で、例えば町のパン屋さんの壁で語り継がれている。

 

ゴダールの作品は、とりわけ60年代のアンナ・カリーナ時代(『男性・女性』『軽蔑』などブリジッド・バルドーやシャンタル・ゴヤなどが主演を演じた作品もいくつかあるが、便宜上このようにまとめさせていただく)の映画群は、いかにもフランス映画らしく、画面が鮮やかさに溢れている。その中でも、アンナ・カリーナの赤いワンピース、ベルモンドが持つ赤いダイナマイトや彼が着ている赤いシャツ、2人が盗み、湖に突っ込んでゆく赤いオープンカー。これらの鮮やかな「赤」はル・プチメックの「赤」によく馴染んでいるので、見かけるたびに「この映画はサミュエル・フラーというアメリカの映画監督がゲスト出演していて、“映画には、愛と憎しみとアクションと暴力、そして死がある。つまり感動だ”という名言を残していて……」なんてウンチクを披露せずにはいられないから、いつも同伴者に鬱陶しがられて困っている。