第5回
海に住む少女
ジュール・シュペルヴィエル 著
よく晴れた行楽日和の多かった11月はわたしの運営するマヤルカ古書店にもたくさんのお客さんが遊びに来てくれました。まだまだ先は見えませんが、耐えに耐えた長い長いコロナが一旦落ち着き、久しぶりにたくさんの人で賑わう京都の街に勇気をもらったような気がします。ここ西陣でも、自宅近くの上七軒も少しずつ活気を取り戻しているようで、マスク姿の美しい舞妓さんを目にするとうれしくなります。
京都は神社仏閣や美術館、町家の連なる歴史ある街並みに美味しいものなどたくさんの観光スポットがありますが、そこに暮らしているわたしたちにとっては、意外なほど身近にあり、気軽に親しむことのできる自然も大きな魅力のひとつです。
街に出ると、そこだけスカッと視界が開け時間がゆっくり流れ、誰もが否応なくのんびりしてしまう鴨川べりはもちろん、御所や植物園、糺の森などの美しく深い木々や小川も、毎日ただそこにあるだけでわたしたちの心を癒してくれる大切な場所になっています。
そして忘れてはいけないのが、京都は盆地であるということ。冬は寒く夏は暑いと言われる京都ですが、街中どこにいても見守られているような気がする山々は、関東平野育ちのわたしにはとても新鮮で、京都で暮らすようになってから山が身近になりました。山登りを楽しむ人も多く、送り火で知られる大文字山では、保育園の遠足で登りに来ている子どもたちもよく見かけます。わたしも数年前から、時々ハイキングの延長のような山登りを仲間と楽しんでおり、この11月は二回ほど山に登りました。ほんの少し街から離れるだけで広がる大自然。普段マスク生活が続いていることもあって、肺の奥深くまで吸い込む少し冷たい空気が心地よいことこの上なし。今回初めて登った比叡山は、当店のある左京区から驚くほど気軽に登れます。挨拶を交わしながらすれ違う人たちに「まだまだ笑顔出てますやん」と言われたり、京都の街を一望しながらあれこれ話したり、帰りはケーブルカーで一気に下ることができるのも(そして麓、八瀬の茶屋で熱燗を少々楽しめたりするのも……)初心者のわたしにはうれしいところ。京都に遊びに来られる際は、ぜひ京都の山々も楽しんでみてくださいね。
さて今月は、12月ということで少しだけクリスマスにちなんだ一冊をご紹介。1884年にウルグアイで生まれたフランスの作家で詩人、ジュール・シュペルヴィエルの短篇集『海に住む少女』です。誰からも見つけられることのない大西洋に沈む幻影のような街に住む孤独な少女を描いた表題作ほか、イエス誕生に立ち会った牛とロバをどこかユーモアたっぷりに、しかしやはりもの悲しさ、やさしい不条理さとともに描いた物語や、溺死した少女の物語に死後の世界のお話、または人間の業や醜さを描いた短くも印象的な短編の数々に、なんだかとても説得力のある横暴な“ノアの箱舟”などなど、ふだんの日常や街並み、そして自然への見え方が大きく変わるような物語が収録されています。
年末年始、楽しい予定だけでなくとにかく慌ただしく過ぎてしまうという方も多いかもしれません。早起きをした冬の朝や暖かい部屋でのんびり一人で過ごす夜、幻想的で静かな物語と美しい言葉の世界を楽しんでみてはいかがでしょうか。
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