第7回

家をせおって歩く かんぜん版

 

村上慧 著

 

 

大人になってから京都にやってきたわたしにとって、京都に来て初めて知ったさまざまな京都ならではの風習は、どれも興味深いものばかり。
たとえば、街角のいたるところに設置され、いつもきれいにお花が供えられていたり、お顔が真っ白に塗られていたりするお地蔵さんなどは、見かけたことのある方も多いのではないでしょうか。
町内会という小さな単位で街中いたるところで行われる夏の地蔵盆や、六月に三角形の美味しい和菓子、水無月を食べることなど、一年中さまざまな行事や風習で京都の四季が紡がれています。
一月の十日ゑびすでは、お詣りの帰りに寄り道をすると福が落ちてしまうとか、十三参りでは振り返らずに嵐山の渡月橋を渡らないと知恵が落ちてしまう、などといった言い伝えもあります。わたしも娘の十三参りには振袖を着せて(十三参りで振袖というのも京都ならでは?)お詣りに行き、渡月橋を渡るときには後ろから声をかけて振り向かせようとふざけたりしながら子どもの成長を祝いました。

暮らしのいたるところで見かけるさまざまな風習の中でも特に興味深いのは、祇園祭の粽の飾り方など(毎日自分たちが通る場所の頭の上にあたるところに飾る)、個人の家の中でもそれぞれに風習が大切にされているというところ。
賃貸の一軒家に住んでいる我が家の小さな坪庭には、入居のときからなかなかに大きく立派な白い南天と赤い南天が植えられており、我が家に限らず京都の一軒家や、ときにはマンションの植木スペースなどにも、必ずと言っていいほど南天が植えられているのを見かけます。南天は、ナン(難)をテン(転)じて福となす。京都ではそんな縁起のいい名前にちなんで鬼門や裏鬼門に植えられることが多いそうです。

 

また数年前には、お店のお客さんに「逆さ札」という風習を教えていただきました。逆さ札とは、毎年十二月十二日に、「十二月十二日」と書いたお札を玄関の上など出入口に逆さまに貼ることで泥棒よけなるというもの。
十二月十二日は、大泥棒として知られる石川五右衛門が処刑された日とのことで、よく時代劇などで見かけるように、天井から逆さ吊りで侵入する泥棒が読みやすいようにと逆さに貼るそうです。なんだかユーモアもあり、面白いですね。

 

そんな暮らしにまつわるさまざまな風習からは、京都の人たちが日々の暮らしや自分たちが暮らす家、ひいては街を大切にしている気持ちや歴史が伝わるように思います。夏の暑さや冬の寒さをしのいでくれる家というものへの感謝のような気持ちもあるのかもしれません。

今回紹介するのは、そんな「家」の概念を根本から覆してしまうような楽しい絵本。
アーティストとして活躍する村上慧さんの、『家をせおって歩く かんぜん版』です。
著者の村上さんは、なんと、発泡スチロールなどで自作した自分一人が入れる「家」をせおって、日本中のみならずスウェーデンや韓国までも旅をし、そこで「暮らす」という活動をされています。昼間は「家」をせおって旅をして、夜は行く先々で出会った人の土地や建物に「家」ごと間借りさせてもらい、そこを「寝室」とする。街の中に自分の「寝室」ができたらその街はもう、街まるごとが自分の家になるのです。さまざまな街に本当に暮らすように馴染む様子や、「家」の居心地のよさや移動のしやすさを真面目にとことん研究したり、嵐から家を守ろうとしたりする著者の様子が楽しく哲学的でもあり、家とは?暮らすとは?という概念そのものから大きくひっくり返されるような気持ちよさがあります。
まだまだ自由に旅には行きにくい状況が続いていますが、自分の中の「ふつう」が覆されるような絵本で日常を飛び出してみてはいかがでしょうか。

 


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