北野天満宮では今月も天神さんの市が開かれた。毎月25日に開かれるこの市には境内にずらりと屋台が並ぶ。入試合格・学業成就・文化芸能・災難厄除祈願のお社として信仰されている北野天満宮ではよく修学旅行生を見かけるが、この日は、どこからともなくやってきた大勢の人であふれていた。

 

 

菅原の道真公を御祭神としてまつる全国約12000社の天満宮、天神社の総本社である北野天満宮は親しみを込めて「天神さん」と呼ばれ、菅原道真公の御誕生日である6月25日と、薨去(こうきょ・亡くなられた)された2月25日に由来する毎月25日に「天神さんの市」が開かれる。

 

 

天神さんが行われている北野天満宮に着いたのはお昼時。朝7時ごろから続々と屋台が並び始めるこの市にはもうすでに多くの人が訪れていた。骨董品やレトロ雑貨、着物などさまざまな屋台が道の両側に並んでいる。右側の店を見ていながらも、左側の店が気になって、ジグザグに歩いてしまうほど屋台を見ているだけでも十分に楽しめるのである。青果店を見れば、綺麗なサクランボがあったり、いい香りのする五平餅があったりと、ついたくさん買ってしまいたくなる。ちらりとお店を覗いてみるとお香立ての蛙と目があったり、カリンバのやわらかい音が聞こえてきたりする。私は、暑い中持ち歩いて、腐ってはいけないと思い、サクランボや五平餅を買うのは後にするとし、にぎやかな市を周ることにした。

 

 

このかわいらしいカリンバは沖縄の音色(琉球音階)をモチーフにしているそうで、アフリカ発祥のカリンバで南国気分を味わえるのである。「親指ピアノ」としても親しまれているカリンバは親指を使ってピンを弾くだけでポロンと音が鳴る手軽な楽器なのだ。板や箱で作られるものが一般的だが、カリンバ工房maru sankaku shikakuさんの缶詰やミニチュアの鍋などで作られたカリンバはまるで小さな世界を表現しているようだった。

 

両側に並ぶ屋台を見ながら奥の方へと進んでいくと、ぽんぽんという太鼓の音が聞こえてきた。どうやら日本の伝統芸能“猿まわし”を披露するため、太鼓で客を呼んでいるところだった。軽やかな店舗の太鼓の音につられ、私が目の前に立っている猿の三助(さんすけ)を見ているうちに、どんどんと人は集まり、今か今かと三助の大道芸を楽しみに待っていた。三助のコンビである二助(にすけ)さんによると、猿まわしの歴史は古く、遡ること1000年以上といわれているそう。古来より猿は神の使いとされており、銃や馬などを守る「まじない(災いがサル、病気がサルという意味合いを込めて)」とされていたそうだ。そんな猿まわしをひと目見ようと多くの人が集まったころ、二助さんが太鼓は「ぽぽん」と鳴らし、三助が「よろしくお願いします。」と言わんばかりに、地面に頭がつくほど深いお辞儀をして、大道芸が始まった。二助さんによると、これから披露するのは、三助が左右に分かれた階段を飛び越え、逆立ちで着地するという大技だった。あまりにも大きい技を披露するという発表に、会場はしんと静まり、緊張した空気が漂った。そんななか、二助さんが三助に合図を出すと、三助は勢いよく走りだし、緊張した空気を突き抜け、見事大技を決めたのである。三助の見事な技に会場は大いに盛り上がった。

 

 

緊張がほぐれ、きりっとした顔で手を振る三助とお別れした後に向かったのは、北野天満宮の史跡御土居にて公開されている青もみじである。

境内西側には天正19年(1591)豊臣秀吉公が洛中洛外の境界として、また水防のために築いた土塁「御土居(おどい)」の一部が残り、史跡に指定されている。その史跡御土居には、現在もかつてからの自然林が残り、春には梅、初夏には青もみじ、秋には紅葉など、四季折々の美しさを楽しむことができる。なかでも、もみじは御土居一帯におよそ350本、樹齢350年から400年に及ぶものも姿を残している(北野天満宮パンフレットより)。

 

 

地図をもらって、もみじ苑に入り、少しばかり階段を上ると、そこに現れたのは見渡す限り緑でいっぱいの世界だった。先ほどのにぎやかな天神さんの市とはまた違って、涼しげで落ち着いた空間が広がっていた。紙屋川に架かる朱塗りの鶯橋を渡り、樹齢400年のもみじを眺める。途中に置かれているベンチに座って、空気を味わう人や、美しい景色を写真に収める人もいた。

 

 

綺麗なもみじと緑の世界を堪能し外に出ると、北野名物、長五郎餅屋が出店していた。境内を歩きまわり、休憩したくなるころにちょうど現れるこのお店に、入らずにはいられなかった。名物長五郎餅という看板を目にしたからには、長五郎餅を食べなくてはと思い、注文する。出てきたのは、薄い餅皮に餡が包まれた上品なお菓子だった。そのおいしさは、当然のごとく食べた者にしか分からないが、あっという間に平らげてしまい、お持ち帰りの箱を買ってしまいたくなるようなのである。

 

 

休憩をし、また市へと歩き始めると、かわいらしいお店を見つけた。そこには机いっぱいに猫の置物が並んでおり、それぞれに名前がついていた。

 

 

お辞儀をしている「ごめんにゃさい猫」や、無気力な「うごきたくにゃい猫」、丸く太った「ぽてぽてちゃん猫」など癒される猫が大集合していた。猫好きにはたまらない、にゃんとも連れて帰りたくなるような子たちばかりで、店の前を通る人はみな、そのかわいらしい猫たちに釘付けだった。

 

さて、次回の天神さんは6月25日に開かれる。6月の天神さんの市と同じ日に開催される祭典が二つあるので紹介しておこう。

一つ目は、御誕辰祭である。菅原道真公御誕生日である、625日の祭典が御誕辰祭として行われる。前夜から神社に籠り、身を浄めた宮司以下神職の奉仕により、厳粛に斎行されるのである。

二つ目は、大茅の輪くぐり(おおちのわくぐり)という祭典である。という京都最大ともいわれる輪を、真夏を迎えるためにあたって無病息災を願ってくぐるのだ。

 

そういえば、市に到着したころに買おうと思っていたサクランボや五平餅は、市をひととおり周ったころにはすっかりと忘れてしまっていた。家に帰って、写真を見返しながら、しまったと思ったのである。天神さんの市に訪れる人は気の向くままに、そしてほしいと思ったときにはその時に買うことをお勧めしようと思う。



開催日 毎月25日
時間 7:00~日没
場所 北野天満宮
アクセス 市バス「北野天満宮前」バス停下車すぐ