207 well
207号室のお部屋には、ベッドが3つある。その3つのベッドや壁には所狭しと本やポスター、洋服などが並べられている。それらのソフィスティケートされたプロダクトは、KéFUの白い空間にほどよく馴染みながら、それぞれが存在感を放っている。実のところ、これらはwellさんが製作されたものだ。
wellさんは東京を拠点に活動するデザインスタジオであり、4名のメンバーがファッション・グラフィックデザイン・編集とそれぞれの分野を持ち寄り、多岐にわたる活動をされている。そういうわけで、ベッドや壁には本やポスターや洋服が散りばめられているのだ。
いつ頃からこのような活動をされているのかと伺ったところ、実は大学時代から製作活動は始まっていたという。wellの4名は京都の大学の同級生であり、バンド活動を行ったり、展示のフライヤーのグラフィックをデザインしたりと、学生時代も今も行っている活動はほとんど変わりないそうだ。それぞれがフリーで仕事をされる一方で、楽しいから・やりたいからという理由で、同じことを同じ仲間で続けていられるのって奇跡に近いことなのではないだろうか。
そんな彼らの「京都のお気に入り」は「あいかむ」と「駱駝」だった。「あいかむ」は一乗寺にある定食屋、「駱駝」も同じく一乗寺の四川料理のお店だ。どちらもお腹が空いた時に行きたくなるお店だ。「食いしん坊集団みたいになっちゃうから、哲学の道とか言っておいた方がよかったかも(笑)」と話していたけれど、きっと学生の頃にwellのみなさんで足繁く通っていたのだろうかと想像すると、なんだか微笑ましく思えてしまう。
ブックフェアらしく本の話になると、「バイブルの1冊」が3つも飛び出してきた。それもそうだ。その時207号室には3名のwellメンバーがいたからだ。結論からいうと『波〈新訳版〉』(ヴァージニア・ウルフ、早川書房、2021)、『ちびまる子ちゃん』(さくらももこ、りぼんマスコットコミックス、1987)、『コルシア書店の仲間たち』(須賀敦子、文春文庫、1995)の3冊だ。『波』はヴァージニア・ウルフの名著であるが、2021年に数十年ぶりの新訳が発刊された。今回は森山恵さんという詩人の方が訳をしており、詩と演劇の中間のような小説だという。『ちびまる子ちゃん』の巻末に、まる子が中学生や高校生になり、漫画家としてデビューするまでの物語が収録されているということを初めて知った。その巻末のエピソードを集めた『ひとりずもう』を読むのではなく、コミックの巻末を追ってゆくのが極上の楽しみ方なのだという。そして、「コルシア書店」というのは、イタリア文学翻訳者の須賀敦子さんが若い頃、イタリアで在籍していた書店だ。同世代のメンバーで運営する中で、問題が起きたり喧嘩をしながら書店を維持をしていくが、最終的には失くなってしまう。そのコルシア書店とwellさんの活動が重なり、印象深い1冊になったのだとか。
208多田玲子と下平晃道
多田玲子さんと下平晃道さんは、どちらも京都を拠点に活動されているイラストレーターだ。明るくくすんだポップな色使いが印象的な多田玲子さん。そして、繊細な線の使い方や絵の具の滲み方が特徴的な下平晃道さん。京都の個人書店を渡り歩いている本屋さんファンならば、きっと彼らのイラストを目にしたことがあるはずだ。NEMURU KYOTO BOOKFAIRでも並んでいた「ダ皿記念日」というリトルプレス(リサイクルショップで買った皿に絵付けして焼いてアップサイクルした、ダサくて良い皿を1冊まとめたもの)は強く見覚えがあったので、きっと誠光社さんなどでふと見かけたことがあるのだろう。
osanote編集部が208号室のお部屋に突撃した時は、下平さんがお店番をされていたのでお話を伺った。京都にお住まいの下平さんは銀閣寺がお気に入りだという。室町時代における東山文化の象徴であり、第8代将軍の足利義政によって建立されたこのお寺は、本名を慈照寺ともいう。僕は銀閣寺についてはこれっぽちの知識しか持ち合わせていないけれど、下平さんによれば、なによりも庭園がよいという。庭園をぐるっと1周するコースは計算し尽くされており、元に戻って来る終盤にある苔の感じに落ち着くのだとか。銀閣寺を存分に楽しむなら、横から弱い光がスーっと入って来る秋から冬にかけての時期に行くべしということも教えていただいた。
若い頃に沢木耕太郎の小説『深夜特急』を読み衝撃を受けた下平さんは、アジアを旅するバックパッカーになった。と言うと少し過言かもしれないが、バイトをしてお金を貯め、長期休暇には旅に出るという学生時代だったという。「最初の舞台が香港だから大学1年生の頃に香港へ旅行に行って、小説にはマカオも出て来るからマカオも周ったりして、すごく面白かったですね」と話す下平さんの、純粋かつ忠実に『深夜特急』の影響を受けている感じに若者特有の無鉄砲な勢いを感じてなぜか嬉しくなった。他には、何も見えない真夜中の海へ画材を持って出かけ、ドローイングをしたりしていたという。もちろん、帰ってからその絵を見ても何のこっちゃわからない。だけど、あまり意味のないこととか、他の人が無駄だと思っていることをするのが好きだったのだそうだ。そう聞いて、何を作るかという結果よりも、何かを作っている過程が楽しいから、人は何かを作ることに憧れるのだと思った。
その膨大な著書の数で有名な外山滋比古さんの『思考の整理学』(外山滋比古、ちくま文庫、1986年)が下平さんのバイブルだ。表紙の半分以上を占める帯には「東大生・京大生が読んで良かった本No.1」という文字列や、「263万部」という数字が並んでおり、とてつもないロングセラーであり、ベストセラーであることがひと目でわかる。この本には、とあるアイデアが浮かんだ時にメモをするだけで終わらせず、アイデアを練り上げるためにはどうすればよいかということが書いてあるという。下平さん曰く、「料理本やレシピ本みたいで、いつ誰が読んでも役に立つんじゃないかと思います」と。この頃、何かアイデアが浮かんでもすぐ忘れてしまい、「日頃からちゃんとメモをする」というメモをしてしまうほど「メモ不精」な僕にとっては垂涎の1冊であり、きっとこの本を必要としている人は僕だけではないはずだ。