ハレトケ市
9月下旬、暑さが残る今宮神社に人が集っていた。この日は「ハレトケ」市の日だった。市(いち)と聞くとなんだか心が躍る。どんな出会いが待っているのだろうかと、私は軽い足取りで今宮神社を訪れた。
「足るを知る」「時を戻そう」と題されたこの市の名前は「ハレトケ市」。「ハレトケ」とはつまり非日常を意味する「ハレ」と日常を意味する「ケ」のことである。日本では古くからハレの日にはお祭りや行事があり、特別な料理を食べていた。現代でも「ハレ」は晴れ着や晴れ舞台といった言葉に使われている。
境内にはすでにこの日を待ちわびていた人たちで溢れていた。小さい子どもを連れた家族や誰よりも楽しそうな犬を連れた夫婦など幅広い年代の人たちが続々とやってくる。
最初に訪れたのはあらゆる油の専門店である山中油店。この日の出店ではごま油や落花生油米油などの食用の油や、髪用の椿油、塗装用の亜麻仁油などが並んでいた。山中油店の建物は江戸時代後期からの面影を残し、国の登録有形文化財に指定されている。1年に1回、建物にペンキではなく油を塗ることで木が呼吸でき、建物が長持ちするらしい。
青森屋というくだもの屋さんではジャクソンフルーツという黄色い果実に出会った。お店の人によるとグレープフルーツの突然変異らしい。グレープフルーツのような苦みはなく、さわやかな甘さのある味だった。
次に向かいの店で懐かしの竹ぼっくりを見つけた。「いっちに、いっちに」と声をかけてもらいながら少しずつ歩いてみた。境内の砂利の上だったため、コツコツではなくジャリジャリとした音だったが、コツコツとなるあの音を思い浮かべると子どもの頃に戻ったような気がした。
ひと回りして休憩がてらにあぶり餅を食べに一和へ行くと、そこには境内まで漂うあぶり餅の焼かれる匂いに導かれて、市を歩き回った人たちが一休みをしていた。店頭で焼かれた出来立てを食べながら縁側を見てほっと一息ついた。小腹を満たし、店の外を見るといつの間にか長い列ができていた。
休憩を終え再び歩き出すと、「女子中学生が溢れる言の葉を31音にしてみた」という看板が目に留まった。カードの裏に受けとった人へのメッセージが書かれてあるらしい。片思い中の人へ、雨の日のデートを楽しみたい人へ、自由になりたい人へ……。
特に大きな悩みを持っていたわけではないが、生きづらさを感じている人へというカードを選んだ。生きづらさを感じている人へ中学生の彼女からのメッセージ。
「言語とか 性別とかは 興味ない あなたの名前が知りたいです」
まっすぐに向けられた彼女のメッセージがこの記事を読んでいる誰かにも届くだろうか。
人と人、人とモノがつながれる市には思いもよらない素敵な出会いがある。この地域にはそんな市がたくさんある。さあ、次はどの市にいってみようか。心が躍る市にまた足を運んでみよう。