第2回

シンジケート

 

穂村弘 著

 

 

「置き去りにされた眼鏡が砂浜で光の束をみている九月」

 

短歌のような風景、というものがあるように思います。
日常の中で自分だけが気づく、だけど誰もが心の奥のほうでハッと思い当たるようなぼんやりとしていて鮮烈な風景。

 

「ゼラチンの菓子をすくえばいま満ちる雨の匂いに包まれてひとり」

 

古書店を経営しているわたしは、ときどき同業の仲間たちと集まって古本市をしています。会場はさまざまで、先月は、京都は河原町通りにある丸善という大きな新刊書店の一角で古本市をしました。かれこれ10年くらい、京都で一緒に本のことをしている同年代の仲間たち。そのときに起きた、うれしい事件。

 

ある朝、棚の整理のために会場に行くと、わたしの店の本棚に、光り輝く黄色の愛らしい物体がひとつ。そう、わたしが出品していた梶井基次郎の『檸檬』(復刻版)のとなりの隙間に、そっと瑞々しい檸檬が置かれていたのです!

 

現在の店舗とは少しだけ位置が違いますが、京都、河原町の丸善といえば、明治生まれの文豪、梶井基次郎の『檸檬』の舞台となった書店としておなじみ。現在の書店でも、檸檬をデザインした紙袋やブックカバーが使用されていたり、併設のカフェで檸檬ケーキが食べられたりします。

 

せっかく丸善でするのだから、と出品した一冊の『檸檬』と、きっと誰かが、少し緊張しながら、だけどおそらく胸を高鳴らせながらこっそり置いてくれたうつくしい檸檬。本を並べるときは、いつでもまだ見ぬお客さんの顔を思い浮かべながら本を選ぶけれど、本屋の棚は、まさにコールアンドレスポンスだな、なんて独り言ちました。

 

そしてこの、誰かが何かの期待をこめて残してくれた痕跡、それを受け取って心が動いた
わたし。それはとても、短歌的な風景だなと思ったのでした。

 

「終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」

 

今回引用したのは、穂村弘さんの第一歌集『シンジケート』に収録されている短歌です。1990年発刊、今も多くの人に多大な影響を与えています。長らく新刊では手に入りにくかったのですが、なんと今年、待望の復刊が。うつくしい装丁、ぜひあなたの日常に置いて、ことばの自由さ、楽しさ、そして不確かさと強さを味わってほしい一冊です。

 

さて、丸善に残された檸檬の爆弾の後日談。わたしのSNSに写真を挙げたところ、わたしが置きました、という方が名乗りでてくれました。なんと、徳島産の減農薬檸檬だそうで、神々しいまでのうつくしさに納得、美味しくいただきました。楽しく粋なハプニングをありがとうございました。

 

「自転車のサドルを高く上げるのが夏をむかえる準備のすべて」

 

 

 

 


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