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西陣にまつわる人々が、毎日綴るリレーコラムCOLUMN

2022.02.25
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建物や道路の間にある余ってしまった土地のことを「残余地」という。ヘタ地や三角地と言ったりもする。「碁盤の目」の街である京都にも、ときどき残余地は発生する。写真は新町通りにある残余地で、道路の食い違いを解消するべく斜めに道を通した結果生まれたものである。
残余地にはどこかマニア心をくすぐるものがある。建物の敷地としては使いづらい残余地には、自動販売機が置かれたり、ゴミ捨て場になったり、あるいは緑地として利用されたり、「余っている」がゆえの利用法が見られる。それが面白い。
しかし、ここの残余地はまったく手が付けられていない。全面が導流帯(ゼブラゾーン)になっており、何も置かれることなく純粋な「残余」となっている。普通なら、これだけの広さがあれば軽く芝生を敷いてみたり看板を立てたりしそうなものだが、そんなことは一切しない。そこにはただ「無」があるのみである。
使えるものは何でも「活用」する昨今の風潮とは真逆を行くこの残余地には、孤高の美学すら感じる。余っているのではない、余らせているのだ。この残余地が失われるとすれば、それは京都という街に「余裕」が無くなったときなのだろう。

重永瞬

京都大学文学部地理学専修重永瞬

地図とまち歩きが好きな大学生。“西陣の端っこ”(お隣?)仁和学区で生まれ育つ。大学で地理学を学ぶかたわら、まち歩き団体「まいまい京都」でスタッフとガイドを務める。なんでもない街角の記憶を掘り起こしたい。古本とラーメンが好き。