2022.01.23
Written By重永瞬

京都に雪が降った。こんなに積もったのはいつぶりだろうか。ここまでの雪景色が見られる日もそうそう無いと思い、北野天満宮に行ってみた。
境内には、雪を見に来たであろう参拝者が少しばかりいた。寒梅を愛でたり、雪帽子をかぶった牛の像を撮影したり、それぞれ思い思いに風景を楽しんでいた。
ふと道を見ると、ちょうど人が歩いたところだけ雪がとけていた。皆が歩く道は、石畳が見えるほどにしっかりと雪がとけている。一方、脇道はまだ一つ一つの足跡が分かる程度にしか歩かれていない。雪によって、人の動線が可視化されているのだ。
足跡がつくる「参道」をたどっていると、ときどき思いもよらぬ場所に続く足跡が見つかる。気になるものがあったのか、良いフォトスポットを見つけたのか、はたまた単にふかふかの雪を踏んでみたくなっただけなのか。探偵のように推理してみるが、答えは出ない。
一つ足跡ができると、また別の人がそこを通ろうとする。人が通るたびに太くなっていく軌跡は、しだいにそれが「軌跡」であることすら分からなくなっていく。誰も踏まなかった雪も、陽射しが強まるにつれてとけていった。次に雪が降るのはいつだろうか。