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西陣にまつわる人々が、毎日綴るリレーコラムCOLUMN

2021.09.14
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京都の街にはたくさんの石碑が立っている。道の片隅にポツンとあって目立たないけれど、しっかりと街の歴史を伝えている。中には風雨にさらされて文字が読めなくなっていたり、車にぶつけられて折れた跡があったりする。かわいそう。
中立売通と大宮通の交差点には、「聚楽第」の跡を示す石碑が立っている。豊臣秀吉が建造した城・聚楽第はできて早々に取り壊されてしまったものの、地名や道路の高低差にその痕跡を留めている。この石碑の位置は聚楽第の東堀にあたり、写真の奥に写るハローワーク西陣の建替工事の際には、たくさんの金箔瓦が出土したという。
石碑の下を目を移すと、何やら怪しげなものがあった。排水溝の脇にあるそれは、どうも折れた石碑のようにも見える。もともとここに立っていた石碑が、道路を整備するときに車の邪魔になるからと折られてしまったのだろうか。折れた跡が埋められることもなくむき出しになっている姿は、なんだか傷口を見ているようで痛々しい。
これが何者なのかは分からないが、もし石碑だとすると、胴体の部分はどこに行ってしまったのだろうか。今もどこかで元気にしているだろうか。ここを通るたびに、その安否が気になってしまう。

重永瞬

京都大学文学部地理学専修重永瞬

地図とまち歩きが好きな大学生。“西陣の端っこ”(お隣?)仁和学区で生まれ育つ。大学で地理学を学ぶかたわら、まち歩き団体「まいまい京都」でスタッフとガイドを務める。なんでもない街角の記憶を掘り起こしたい。古本とラーメンが好き。