西陣の夜に、寄り添う洋食屋

 

 

 今出川浄福寺の交差点から北に延びる路地に入ると、帰る場所を示してくれる星のように灯を照らす看板を見つけた。ニッコニコのぶたちゃんが見えたら、そこは「とんかつ 洋食の店 とんが」。コック帽を被ったぶたちゃんがなぜそんなに笑顔なのか。その答えは、お店に入ってお店の看板メニューであるとんかつ定食を召し上がればおわかりいただけるはずだ。そう思って、どこか懐かしさのある扉のドアノブに手をかける。扉を開ける前に、思わずぶたちゃんと同様に私の頬も緩んでしまった。よく考えてみると、調理されてしまうぶたちゃんがコック帽を被っているという事実はちょっぴり皮肉で切ない看板であることに気づいてしまったからだ。そんな気持ちとは裏腹に、私のお腹はぐーぐーと鳴っている。「ごめんね、いただきます」と、心の中でぶたちゃんに挨拶して扉を開ける。

 

 

 店内に入り、素朴さと華やかさを兼ね備える照明に導かれるように奥へと進む。西陣の夜空に星が煌めいているかのような、この照明は私のお気に入りだ。鴨川の空に輝く星のように、澄んだ空気をも一緒に連れて来て、清々しい気持ちにしてくれる。それと同時に、暗くなって人通りが少なくなり人肌が恋しくなる夜に、寄り添ってくれるような安心感を与えてくれる。それは、この西陣で昔から変わらない味を提供する「とんが」そのものへの安心感だろうか。そんな照明の下には、カウンターチェアが並べられ、奥にはテーブル席がある。客と店主が会話しやすく、気軽に1人でも入ることのできるカウンター席があることに、このお店の暖かさを感じる。

 

 

 今回は3人で訪れたため、テーブル席に案内してもらう。机には、メニュー、「とんが」の文字が入ったお箸、ソース、ごま塩、塩、テーブルナプキンが整列している。茶色のガラス瓶に入った塩の横から、ひょっこりこちらを見ているたぬきくんを発見。背中には爪楊枝を背負い、「とんが」と書かれたそのフォルムが愛らしい。ぶたちゃんの次は、たぬきくんの登場。食べられてしまうぶたちゃんに代わって、このお店の“看板息子”をしているのだろうか。そんなことを考えながら、メニューを手にとると、定食だけでもたくさんの種類があることに心が躍る。さらに、「ランチ 夜もOKです」の文字に、またまたこのお店の暖かさを感じずにはいられない。そんなお得な選択肢とも迷うが、やはりここはとんかつ定食で。

 

 

 食欲をそそる香ばしい香りと、ジュワッという、お肉が油に飛び込む音が私に届いてくる。その香りと音に耐えながら待つこと15分。洋食屋さんのシンボルと言っても過言ではない、平皿に盛られたライスが運ばれてきた。お茶碗ではなく、平皿に盛られたご飯に特別感を感じ、ライスが運ばれてくる時が洋食屋に来たことを最も実感する瞬間であると思っているのは私だけだろうか。そして、不思議なことに、味は変わらないはずであるのに、お茶碗に盛りつけたご飯は“和”の味、平皿に盛りつけたご飯は“洋”の味となって、「ライス」という名前がぴったりの一品になる。

 

 

 続いて、メインであるとんかつのご登場。艶めくデミグラスソースに対抗するかのような荒々しい衣が食欲をそそる。そんなとんかつが乗ったプレートには、盛りだくさんのキャベツと、トマト、そしてカレー味のパスタがついている。カレー味のパスタに、小学生の時の遠足のお弁当で食べたような、食べていないようなそんな懐かしさを感じる。そして、デミグラスソースをたっぷりのせたとんかつを、端っこのひときれからいただく。最も油がのっており、衣がカリッカリの幸せが詰まった端っこ部分。左から食べても、右から食べても、端っこから順番に食べれば、幸せから始まって幸せで終わることができるとんかつの構造に改めて感動する。まずは、ひときれだけを口に運ぶと、甘めのデミグラスソースが口いっぱいに広がる。そんなソースの旨味だけを味わっている暇もなく、サクサクの衣に覆われたロースかつの油が口に広がる。マイルドなソースと衣に油が包み込まれるため、しつこくなく奥深い味わいだ。そして、柔らかすぎず、程よい弾力感で食べ応えのある硬さのロース。ここで、お店の前の看板のぶたちゃんの笑顔は、自信からくる笑顔だったのではという答えが浮かんだ。ぶたちゃんは、デミグラスソースと衣との相性、食べる人に満足感を与える食感といった「とんが」のとんかつの味づくりの要となっていることに自分自身で気づいていたのではないかと思う。

 

 1人の夜も、誰かと一緒の夜も、夜空に光る看板を目印に「とんが」を訪れると、思わず安堵の吐息をもらすだろう。看板娘や“看板息子”に歓迎され、ハッピーエンドが必至のとんかつを味わうことができるからだ。そんな「とんが」は、西陣というまちの暖かさを実感することができるそんなお店であった。