この春、京都の大学生になった。
とはいえ、鴨川デルタで新歓をするわけでも、さざんか亭で飲み会をするわけでもない。
これまでの社会人生活にするりと学生という肩書が加わっただけだ。
ましてや京都にも大学の学習センターがあるというだけで、本校は千葉の大学だったりする。
だが、私は京都(に住んでいるだけ)の大学生になったのだ。
兵庫県で生まれ育った私にとって、京都とは遠足で行く場所だった。
小中高と毎年、東山と嵐山を交互に訪れたため、私の京都への印象は、歴史を学びに行く場所、お寺がたくさんある場所、というイメージで固まっていた。私が10代の頃はSNSもなく、大学生活をイメージできるものといえば『オレンジデイズ』や『ハチミツとクローバー』のような、到底現実のものと思えない青春キャンパスドラマだった。大学へのこだわりも薄くあまり情報収集もせず楽観的に考えていたために、京都の大学は滑り止めで受ける程度で、実際に進学したのも大阪の大学であった。
京都に住み始めてから、どうして京都に進学しなかったのだろうと、非常に後悔している。鴨川でのピクニックや情緒あるお店の数々、自然にほど近い生活があることを、当時の私は知ることができなかった。
現実のものとは思えない大学生活があることに、何故高校生の時に気付けなかったのか。
西陣にたくさん暮らす現役の大学生を少しの羨望とともに眺める日々である。
社会人大学生になっても、特に生活が変わるわけではないが、学割が使えること(アマプラとAdobeとSpotifyが安い!)に喜び、大学生の時より圧倒的に勉強が楽しく感じられる。それだけでも一歩踏み出してよかったと感じる。
現実はなかなかしんどいものだし、18歳の頃に思い描いていた大学生活とはずいぶん違う。それでも、これはこれで悪くない。
